山本×ツナ1

□遅咲きの初恋
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 やや高めのブロック塀の上からタンッと軽やかに着地すると、綱吉は革靴の裏で懐かしい砂の感触を確かめた。
 学校独特のグラウンドの砂の感触は卒業生にとっては懐かしいばかりで、忘れかけていたその足音に思わず頬が緩む。
 とりあえず人目につかない中庭へ抜けてから、綱吉は静まりかえった校内をキョロキョロと見回した。

 「ホントに大丈夫かな。いきなり警報とか鳴ったりしない?」

 侵入先のセキュリティシステムについ過敏になってしまうのは、ある意味職業病といえるかもれない。普通に考えれば、公立中学校の警備なんて、たかがしれているとわかるのに。

 「ハハ、大丈夫じゃね?誰にも見られてねえし。さすがにこの時間じゃ風紀委員の見周りもないだろ」

 「うわ。風紀委員とか久しぶりに聞いたなぁ」

 あははと屈託なく笑う。
 在学中に遅刻常習犯でお世話になったことを思い出して、当時風紀委員長だった漆黒の人と、今だに繋がりがあるなんて不思議なものだと綱吉は思う。

 「・・・・・・後でバレて時間差で噛み殺されるとか、ないよね」

 「・・・・・・・・・。んー、まっ、そんときゃそんときで!」

 「えぇ!?なにそれ、可能性アリってこと!?」

 「ないとは言えねーなぁー。ヒバリ怖ぇし」

 「ちょ・・・っ、山本が忍び込むって提案したんだろ!?」

 ギョッとして山本を睨んだ綱吉は、その提案に乗った自分をすっかり棚に上げている。
 なんのことはない。並中の外壁をぐるっと周って帰るより、校内を突っ切った方がずっと近道だからという山本の遊び心に付き合っただけだ。ただ、長く並んで歩ける道より、短くても確実にふたりきりになれる道を選んだ自分を、綱吉は否定しない。
 どきどきとはやる鼓動を山本に聞かれはしないか。そんなことばかりが気にかかる。
 見覚えのある校舎は自分達の記憶のまま。学校風景は何一つ変わらず、ただ、校舎の中で過ごす生徒だけが毎年入れ替わって新しくなっていく。

 「楽しかったよなー、中学ン時は。ツナと一緒だったおかげで、退屈知らずだったもんな」

 何を思い出したのか可笑しそうに笑う山本の横顔に見惚れ、だけどその呑気なセリフにはさすがに引き攣った。

 「・・・・・・アレを楽しかったのひとことで片づけられる山本って、ホント凄いと思うよ」

 「そっか?」

 「そうだよ。オレが何度死にかけたか・・・」

 この学校に通っていたのは、10年も前のこと。
 過ぎた歳月が長かったのか短かったのか、綱吉にはわからない。
 ただ、普通の人とは少しだけ違う日常を歩んだ綱吉にとって、それは長さよりも、重さと濃さの問題だった気がする。
 決して短くないその時間、常に傍らにあったのは、鬼畜な家庭教師と忠実な右腕だけではなくて。
 親友というひとことで片づけられない山本の存在は、綱吉の中で日増しに大きくなって、いつの間にか想うだけで綱吉を苦しめる存在にまで育ってしまった。
 それが少しだけ悲しくて。綱吉は真っ暗な教室の窓を見上げた。

 「あそこ、まだAクラスなのかなぁ・・・何か貼ってあるから使ってるんだろうけど」

 「どーだろーなぁ。クラス数は変わってなさそうだけどな」

 綱吉の席は一番窓際だった。休憩時間ごとに山本が窓枠に座り、綱吉を挟んで反対側には常に獄寺がいた。互いに笑い合った風景は写真でも見るかのように鮮やかに思い出せるのに、なぜだか、話した会話の内容は少しも思い出せない。
 戻ってこない日を悔やむように、綱吉はぽつんとつぶやく。

 「・・・・・・俺は、ずっとあのままでいたかったな。大人になんか、なりたくなかった」

 あのまま、ずっと。騒いで、笑って、冗談言って、じゃれあって。
 肌が触れてドキドキするその意味を、深く考えずにいられた子供の頃に戻りたい。
 ただ一緒にいるだけで嬉しくて、深すぎる絆を固い友情と信じたままでいられれば、こんなに胸が痛むこともなかったのに。
 あるいは、自覚したのがあの頃ならもっと自分の気持ちに素直になれたのかもしれない。何のしがらみもない、子供の頃ならば。
 そう思って綱吉は自嘲の笑みを浮かべる。いったい自分達は、何をどこで間違えてしまったのだろうと。
 切なく眉を寄せた綱吉の隣で、山本もまた同じ教室の同じ窓を見上げていた。

 「そうか?俺は・・・早く大人になりたかったけどな」

 「え?」

 山本は手を伸ばすと、大きな掌でくしゃりと綱吉の髪をかき混ぜた。
 昔から変わらない、宥めるような、落ち着かせるような、綱吉を甘やかす仕草で。

 「早く大人になって、ツナを守れるようになりたかった」

 「・・・っ!?」

 弾かれたように顔を上げたら、思った以上に山本の顔が近くて動揺が走った。
 夜の闇を背負う男の顔は、あの頃より頬が削げてシャープになり、怜悧な目元は、底の見えない海のような深みを増した。間近で見れば、爽やかさと同居する、匂い立つような雄の色香にあてられる。

 「な・・・・・・」

 突然目の前で"男"を見せつける山本に、ドキン ドキンと鼓動が走りだす。
 頬が熱くなるのは、自分の意志ではどうにもならない。


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