行方知れず

□伝えきれない
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『小太郎君。絶対、悪い事しないでね』




 翌朝。

 見事にそのまま眠りについてしまっていた私は、運良く小太郎君がいなくなろうとした瞬間に目を覚ました。

 まだ皆が起きていないくらい早い。

 きっと小太郎君には仕事が沢山あるのだろう。




「……先生、それは……」

『無理ならそれを善だと思っていて。それが正義だというのなら、私は何も言わないから』

「……はい」




 少し大人の笑顔をこぼすようになった小太郎君。



 彼が人を斬っていたとしても……きっと、それは彼にとっての義なのだ。

 私がどうこう言ったって変わりはしない。

 それに、私は彼等の問題に首を突っ込んではいけないのだから。

 彼等は彼ら、私は私。


 それで、良いのだから。




 下手に首を突っ込んで

 戻りたくないと思ってしまう日が来ないように……――――





「では先生。また来ます」

『うん。いつでもおいで?美味しい物作って待ってるから』




 私は笑顔のまま

 大きくなってしまった彼の背中を黙って見送った。



 扉から差し込む朝日は、やけに眩しかった。










伝えきれない







「ヅラはもう帰ったのか?」




 しばらくして、銀時君が頭をかきながら起きてきた。

 大きな欠伸をかいて、眠そうな目で私を見ている。

 私は苦笑いをこぼしながら、こくりと頷いた。





「結局食って寝ただけだったな。何しに来たんだあのヤロー」

『ふふ、良いんじゃないかな』




 文句を言いつつも、銀時君は小太郎君と仲良くしている。そこは変わっていない。そんな事を思いつつ、私は布巾で机を拭いた。

 少しでも動いた方が、余計な事を考えずに済む。そう家族に言われていた。

 余計な事を考えずに……なんて、ここでは無理だという事に気付いた。



 私はここの人間ではないから、簡単に死を受け入れる事が出来ない。

 人の命を奪った彼等の行為を受け入れる事が出来ない。


 でも、この世界で当たり前な事を

 私は当たり前だと受け入れなくてはいけないのだ。

 彼等が受け入れているのに、私が受け入れないなんてそんなの


 子供がやる事だから。







「変な顔してんじゃねーよ」

『ぶぇ』





 いきなり鼻を抓まれ、思わず変な声を出す。

 目の前にいた銀時君が、私の鼻を抓んだまま私を見下ろしていた。

 机を拭いていた私は慌てて布巾から手を放し、銀時君の手を押さえる。


 その手が、やけに大きくて。私はぐっと黙り込んでしまった。






「てめーの人生はどんな方法使っても誰かの物にゃならねぇ。てめーがやりたい事やりゃ良いだろ」





 銀時君の真っ直ぐなその瞳に写っている私が見えた。

 その私は、小さくて幼くて、哀しい姿だった。

 彼の眼にはそう見えている、と思うと何も言えなくなった。





「……アンタにとっちゃ、俺がやった事など過ちにしか思えないかもしれない。

だが、それを否定されたら俺の魂なんざなかった事になっちまうんだよ」

『あ……ごめ』

「謝んな。謝ったら終ぇなんだよ。俺が魂を通すように、アンタも魂を通してる。真っ直ぐ立つ為の棒みてぇに」





 自分の信念を通す、という事だろうか。

 私が彼らのやった事を否定したり、間違った事だと決めつけるのも信念だというのか。



 違うんだ。

 私はただ2人を、銀時君と小太郎君を傷つけただけではないか。

 私は真っ直ぐ立つ事も出来ないのであろう。

 まだまだ子供で、皆よりも幼くなってしまった私なんて



 立ち方さえも分からないまま彷徨ってばかりなのだから。





「アンタが気にする事なんざ何もねぇよ。悩んだら吐き出せ、苦しい時はぶつかれ。それで良いだろ」




 銀時君。

 分からないよ。

 銀時君の言っている事が、今の私では難しすぎて。


 理解、出来ないよ。






『……うん、分かってるよ』





 心の声とは裏腹の事を言ってしまうのは、強がりでしょうか。










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