へい がーる!
□39
1ページ/5ページ
――本日は、修了式。
特に関わる事のなかった3年生の卒業式も終わり、1年間共にしてきたクラスメイトとの別れの時がやってきてしまった。
長々とした校長先生の話も終わり、ぞろぞろと教室に戻っていく在校生達。
その中でも私の足は思ったように動かず、もたもたと歩きながら自然とため息が溢れてしまった。
隣でしっかり歩いていたかすがちゃんが、二、三歩先まで歩いた所でこちらを振り返る。
「どうした紅、早く来い」
「だって〜……教室に帰って片倉先生の話聞いたら、私達お別れよ!? もうかすがちゃんと同じ教室になれないのよ!?」
「お前は私の彼女か何かか? 私達は文系クラスを選んだんだ、また同じになるかもしれないだろう」
ふうと息を漏らし呆れたように言い放つかすがちゃん。
そう、この婆裟羅学園は、1年から2年に進級する際、文系か理系かを選択する機会がある。必ず、どちらかを選択しなければならない。
私はあまり理系科目は得意でないため、文系を選択した。かすがちゃんも文系、そして風魔君も家康君も文系。
唯一……――。
「幸村君だけ理系なんだよなぁ〜」
「むうッ!」
頭の後ろで手を組みそう言えば、後ろを歩いていた幸村君が気まずそうに声を上げた。
「幸村君とはもう一緒のクラスになれない訳だ」
「ぐ、ぬぅ……! さ、3年はもしかしたら!」
「私文理系」
「某理系」
「無理じゃねーか!」
「そうでござるな!?」
しまった! と言わんばかりに頭を抱える幸村君に、思わず軽くチョップをかましてしまう。
3年に進級する際も、理系・文理系・文系で分かれるのだが。今の話を聞く限り、幸村くんは理系を貫くようだ。
つまり、同じクラスになる可能性はゼロになってしまった訳で。
幸村君の隣で、家康君がからからと笑っていた。
「はははっ、まあいつものようにお昼は皆で食べれば良いじゃないか! クラスは離れても、それなら問題ないだろう?」
幸村君の背中を優しく叩きながらそう言う家康君に、かすがちゃんが二度ほど頷く。
「確かにな。真田が1人寂しくトイレで弁当を食べる羽目にならぬよう、私達が見張っていないと」
「某はかすが殿にどのようなイメージを抱かれているのでござるか!? これでも友は多いのだぞ!!」
「……」
「なら自分達と食べなくても良いのか? と、風魔が」
「是非ご一緒させてください」
「台詞がまるでナンパ」
ピシッと背筋を伸ばして風魔君にお辞儀する幸村君に笑いながらツッコむ。ははっと4人の笑い声が、廊下に響いた。
風魔君も僅かながらに微笑んでいるように見える。誰もがこの状況を楽しんでいた。
その時。
目の前から、それこそ今まで見た事がないくらいに恐ろしい、鬼の形相とも言える片倉先生がこちらに向かって歩いてきた。
ズシンズシンという怪物のような足音を鳴らしながら……。
『イヤ――――ッッ!!??』
そんな先生の姿を見た私達は、ただただ叫ぶしかなかった。
39:厄介オブザ厄介
とりあえず仕事はすぐ終わらせる。良いか? 絶対に待ってろよ。勝手に帰ったら……どうなるか分かってんだろうな?
――という、片倉先生の懇願(脅迫)を受けてしまった私は、震えが止まらない体をどうにか抑え彼の車の後部座席に乗り込んだ。
何をされるのか全く分からず、何か私はとんでもない事をしでかしたのではと急いで頭をフル回転させる。
が、心当たりはない。完璧な片倉先生が寝癖をつけて教室に入ってきたのを盛大に笑ってしまったりはしたが。
本当に私は一体何をしたんだ? 先生の授業中友達と紙飛行機を飛ばしてもバレない説を実行したりしたが。
困った。本当に何も思いつかない。片倉先生の親は893系農家だって噂を流したりしたが。
片倉先生がその場を立ち去った後、恐怖のあまり言葉を失っていた私に、かすがちゃん達は一体何をやらかしたんだと掴みかかってきた。
私にも全く心当たりはないですと唇を震わせて言えば、絶対嘘だという表情で私を睨んできた。
日頃の行いが悪すぎて友達にも信用して貰えない〜〜〜〜。
車で待ってろ、とだけ言い残した片倉先生の言う通り、こうして彼の車に乗り込んで待機する。
彼の車は、一度彼の自宅を訪問した時に見た事があり、何度か彼が車で出勤してくる姿も見たためすぐ分かった。
鍵を空けとくなんて無用心だなと思ったが、片倉先生の車を荒らす物好きで死にたがりな奴、この学校にはいないか。
「今の内に命乞いの練習でもしとくか……?」
「いや何でよ? 紅ちゃんこれから海に沈められんの?」
「んな怖い事言うなや!! 現実になりそうじゃろが!! ……ん?」
顎に手を当てながらうーんと唸ると、前方から声が聞こえてきた。
放たれた言葉が恐ろしすぎて思わず怒鳴った後、どうして声が聞こえたのかとそこで初めて気付き顔をあげる。
ルームミラーに目を向けると、そこに橙色の髪がうつっていた。
「沈められ仲間?」
「何でそんな恐ろしい仲間意識持たれてんの俺様!?」
助手席に座っていたのは、いつも通り飄々としているがどこか嬉々としているようにも見える、佐助君だった。
ついに髪色の事で片倉先生の標的になったのかなと思えば、そのような事はないらしく。
紅ちゃんじゃないんだから、という失礼な言葉は聞き流し、後部座席から助手席に向かってにゅっと腕を伸ばした。
「うおっ!? なになに紅ちゃん俺様殺す気!?」
ビクッと体を震わせ、慌てた様子でこちらを振り返る佐助君。そんな彼の肩を掴めば、ヒィ! と彼の口から声が漏れた。
何だ、私ゃそんなに信用がないのか?
「暇だから肩揉ませろ〜。ところで佐助君はどーしてここにいるんじゃ〜い?」
ぐっぐっと親指で彼の肩を押せば。
殺される訳ではないとやっと安心したのか、少し肩の力を抜いて、再び佐助君は背もたれにもたれかかった。
「お、中々良いじゃん〜そこ、結構凝ってるでしょ。俺様は何やら片倉先生が面白い事しそうだからついてくつもり〜」
「無許可の乗車とか正気か貴様。しかも助手席という中々恐ろしいポジションを陣取ってまで」
「俺様スリリングな事好きよ。てか、よく片倉先生と2人きりというシチュエーションで危機感感じないね紅ちゃん」
「命の危機は大いに感じてるんですけど気付きませんかね?」
危機感ありまくりだけど分かりにくいですか?
思わず真顔になって答えれば、佐助君はツボに入ったのか肩を揺らしゲラゲラと笑った。
何が可笑しい! こちとらいつ殺されるか分かったもんじゃないんだぞ!
あまりに大笑いしたせいで涙が出たのか、彼は目元を少し拭いながらルームミラー越しに私を見た。
「いや〜、ほらさ。あの人、酒癖……ってか女癖悪いんでしょ? 紅ちゃんもいつ襲われるか分かんないよ?」
それは、からかいかそれとも忠告なのか。何にせよ、真剣に言っているようには見えなかった。
好奇心。面白いものを見たいと思っている目だ。
目を少し細めて笑う彼は、まるでスキャンダルを探すマスコミのようで。粗を探しているのだろうか、と思ってしまった。
先生に何かしでかして欲しいかのように感じた。
少し恐ろしく感じたが、まあ彼も新聞部な訳で、スキャンダルを求めてしまう性なのかなと何とか自分を納得させた。
彼の肩から手を離し、後部座席の背もたれに寄りかかりながら、佐助君の言葉を否定するように首を横に振った。
「好みじゃないから安心しろって前に言われたから大丈夫」
「あー、何となく分かるわ」
「オイコラ」
さらっと同意され思わず彼の頭を叩く。
好みじゃないのは仕方ないけどさぁ! お世辞でも否定してくれよ!
何故先生が酒癖が悪いと知っているのか、尋ねても誤魔化される気がしたので黙っておいた。