へい がーる!
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「絡み〜つ〜く〜、闇を〜切り裂いて〜」
鼻歌交じりで服を脱ぎながら、足で横開きの扉をガラガラと開ける。
瞬間、湯を張った際に出た白い湯気が脱衣所まで漏れ、一挙に体が湿っていった。
服を全て脱ぎ終わり、たっぷりとお湯が張られたバスタブにゆっくりと体を沈める。
朝日を浴びながらの入浴は良いものだ。本当は朝風呂って良くないらしいけど、少しくらいは許して欲しい。
そう、時刻は朝8時。普段ならとっくに学校に向かっているはずだ。
が、こうして呑気にお風呂に入っているのには理由がある。
本日は何と、学校が受験当日なので在校生はお休みなのである。やったね!
けれど、昨日体育で幸村君に何故かへとへとになるまで追いかけまわされ。
帰宅してすぐベッドに寝ころんだら、そのまま寝落ちしてしまったのだ。
なのでこんな時間に入浴しているのである。
ふうと息を吐きながら肩まで浸かると、昨日の疲れが嘘のように抜けていく。
朝日に照らされ窓の水滴がキラキラと輝く浴室に、ゆったりと広がっていく湯気を見つめながら、ぼうっとお湯に浸かっていると。
ピンポーン、と高い音のインターホンが家中に響いた。
今日は平日なので、両親はいない。自宅にいるのは私だけで、他にこのインターホンに反応出来る人はいないのだ。
それに気づくのが一瞬遅れて、慌てて湯船から立ち上がりタオルを体に巻く。
誰だこんな朝っぱらから。両親は通信販売やネット通販などは利用しないし、私も最近は何も注文してない。
両親のお客なら平日の朝から来る事なんてしない。ご近所さんでももう少し遅い時間に来る。
誰がインターホンを押したのか、私には皆目検討もつかなかった。
完全に体を拭ききれてないまま、リビングにあるモニターの元へ駆け足で向かい、インターホンを押した主を確かめる。
……あれ、私何か約束したっけ……?
見慣れた顔に少し戸惑った。今日は何も予定を入れてなかったと思うが、まさか約束を忘れてしまっただけなのか?
モニターの横についている、マイクで対応出来るボタンを押し、私は彼らに声をかけた。
「お帰りくださーい」
『第一声がそれか!?』
そこに立っていたのは、寒そうに肩を窄め震えている、政宗君と家康君だった。
36:良き友として
「何用じゃ。我は本日休暇なのだ、下らない用ならその場から去れ」
『どんなキャラだよお前。It’s bitterly cold! 早く入れてくれ!』
『紅! 突然お邪魔してすまん! 遊びに来たんだ。図々しいかもしれないが中に入れてはくれないか?』
「家康君は合格だから入れたげる」
『Ah!? てめえ!』
ネッグウォーマーで口元まで隠しガタガタと震える2人に、先程まで温まっていた私は他人事のように答える。
2人の様子からして、私は特に彼ら2人と何か約束をしていた訳ではなさそうだ。
何となくほっと胸を撫で下ろし、自分の格好を改めて確認して彼らに声をかける。
「入れるのは別に良いんだけどちょっと待ってもらっていい? さっきまで風呂入ってて今タオル1枚しか巻いてない」
そう言うと、2人は震えていた体をピタリと止めて固まった。
『……Ha?』
『なっ紅! 待つから早く着替えた方が良い! 風邪引くぞ!』
「言われなくても〜。10分ほどお待ちくださ〜い」
家康君が慌てたように身振り手振りを大きくしながら、着替えるように急かしてきた。
ちょうど身体が冷えてきた。早いところ身体を拭いて着替えないと、家康君の言う通り風邪を引いてしまう。
2人には、寒いだろうし外で待たせるのは酷だろうなと思い、鍵開けとくから玄関入って待っててとだけ伝える。
早足で自室へと向かい、私は急いで着替える事にした。
*
「お待たせしました〜。ささ、上がって〜」
特に着飾る必要もない仲だと勝手に思っているので、適当に厚手の部屋着を纏い、玄関で立ち尽くしていた2人に声をかける。
2人は少し挙動不審になりながら、こちらに顔を向けた。なんだ、何かおかしいところでもあるのか?
「2人は紅茶と珈琲どっちが良い〜」
「え? あ、ああ。ワシは紅茶かな」
「……俺も」
何だか戸惑ったようにも見える政宗君と家康君。
少し様子が変な事は気付いたが、どうせさっき私がタオル1枚しか巻いてなかったと言ったせいで変に気を遣ってしまってるのだろう。
別に家の中ならそんなに冷えてないから風邪引くことないのに。
「ほいほい。なら先に部屋に案内するね。待たせてばっかりでごめん」
「俺達が何も言わずに遊びに来たからな。別にお前が謝る事じゃねえだろ」
「いやぁ〜ん♡政宗やさし〜♡」
「向いてねえなそのキャラ」
「知ってる。でもやる」
一気に不快感を露わにして顔をしかめる政宗君。いつも通りの政宗君だな。めっちゃ腹立つ。
でもそうだよ? 元はと言えば君達が連絡してくれればもっと早く風呂に入ったんだよ? てかまだ朝9時前だよ? 早いわ。
心の中で憎まれ口を叩きながら、とりあえず2人を自室に案内する。
この間気まぐれで部屋を掃除しておいて良かった。
自室に通すと、政宗君はキョロキョロと部屋中を見回す。そういえば、政宗君を自室に入れるのは初めてか。
家康君は自宅に来るの自体2回目なので、特に気にする様子もなく持っていた肩掛け鞄を絨毯の上に置く。
「しっかし遊びに来たって言われても、私特に遊べるもの持ってないんだよな……Witchやる?」
「それ十分遊べるもんだよな!? 凄いな紅、Witch持ってるのか。今どこも品切れで手に入れられないらしいぞ」
「本当はお兄ちゃんのなんだけどね。原価で売ってる所で1個だけ余ってたんだって」
「原価って何だよ、確かWitchは2万8千円くらいだろ」
「ゲーム開発側が売って欲しい値段? だから約4万くらいしたってよ」
「高っ!? お兄さん確か社会人だったよな? さすが、金があるというかなんというか……」
ゴソゴソとWitchのコードを整理してテレビに繋げながら、2人と他愛ない会話をする。
適当にそこら辺座っといてと告げると、彼らは部屋の真ん中に置かれたミニテーブルの周りに胡座をかいて腰を落とした。
「ソフト何持ってんだ?」
「マリカ」
「HA! Raceなら任せろ。Controllerは何個ある?」
「友達と遊べるようにきちんと4つあるのだァ」
「ワシWitch初めてやるんだ……! 楽しみだな独眼竜!」
「ガキかお前は」
赤色と青色のコントローラーを1つずつ手渡すと、家康君は子供のように目をキラキラと輝かせてコントローラーを掲げる。
政宗君は慣れた様子でボタンをいじったりコントローラー自体を傾けたりしてどうにか手に馴染ませようとしている。
私は何度かプレイしてるし、最初は2人に操作に慣れてもらった方が後々勝負する際に言い訳されないだろう。
私は紅茶を入れてくるから2人は先にレースしてみると良いよ、と告げると、2人はぱっと笑顔になってよっしゃと呟いた。
家康君の事ガキって言ってたけど、政宗君も大概だと思う。
部屋から出てリビングに向かうと、背後からマリコの声が聞こえてきた。ソフトの名前はマリコカートだからマリコがタイトルコールをするのだ。
さて、少し体も冷えてるだろうし、2人のためにさっさと温かい紅茶でも入れますか。