へい がーる!
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「……雨降ってるんだけど、ちょっと殴らせてくれない? 紅ちゃん」
「理由を10文字以内で答えよ。さもなくば貴様に理不尽という言葉を与える」
佐助君ってとことん水泳キャップ似合わないね。
26:寒さに耐えよ
季節は、夏が終わり秋の風がそろそろ吹き始め、湿気の多い高気温から爽やか空気の低気温に変わった頃。
黒の学校指定水着を着た私、そして友人猿飛佐助は、目の前で音を立てて落ちてくる雨粒を見ながら肩を落とした。
プールの水は雨粒が落ちる度に波紋を起こし、あちらこちらで雫が飛ぶ。
その光景は憂鬱な気分にさせるのに十分なものであった。何故ならば。
「よし、猿飛佐助に風舞紅、揃ったな。それじゃ、これからプールの補習を始めるぞ!」
雨だというのに鬱陶しいくらい元気で熱血な前田利家先生。そんな彼に、私達はため息をつくしかなかった。
そう、このような雨天日の時に限って、プールの補習があってしまった訳で。
しかも補習対象は名を呼ばれた2人だけ。どうせ濡れるからと雨が降っても補習は実行されてしまう。
抗議しようにも2人という少人数での意見など受け入れられるはずもなく。
「こんな事になるならサボるんじゃなかったわ」
「補習最終日まで来なかった結果がこれだよ!」
「俺様何日分あったっけな……むしろサボった日の方が多かった気が」
「貴様私に謝れ。参加したくても出来なかった私に謝れ」
ふぅ、とかドヤ顔でサボった事カミングアウトしてんなよこの万年オカン系チャラ男芸人猿めが。
と心の中で毒を吐きつつ、笑顔で親指を首の前で横に引く。
つまり心身共に毒だらけだった訳ですけども? 何か?
「そういえばさ、佐助君ってあれよね。水泳キャップ似合わないよね」
「ナチュラルに気にしてる痛い所突かないでくれる? 似合っても嫌だけどさ」
気にしてたのか、と思いつつも関わると面倒なのでスルーした。
自分から言っといて途中から投げやりかよ、と佐助君に頭を叩かれる。痛い。
いや正直人の頭の事とかどうでもよくね? 路上に生えてきたネギの方が気にならね?
「こらー2人共! 準備体操はしっかりやれー!」
前田先生に注意され、渋々と返事をして準備体操を始める。
体育の授業でプールが始まるのは7月の上旬頃で、終わるのは9月の上旬だ。
そして、現在は9月の下旬。秋の涼しさがやっと現れ始めたというのに……。
「雨のせいで気温も下がってるのに、プールに入るとかもう氷漬けになれって事なんですかね」
「むしろ氷になってしまえってやつだよねこれ。明らかに自然に還らされるよね」
「アイタタタこりゃいかんわもうホッキョクグマ連れてどんぶらこっこしてしまうわアイタタタ」
準備運動を終え、キャップとゴーグルを頭に装備しながら訳の分からない文句を垂れる。
雨粒に濡れながら(といってもシャワーで既に濡れているのだけれど)渋々とプールサイドへ向かった。
このような気温であれば、きっとプールの水温も低いのだろう。震えてマナーモードみたいになるのだろう。
「嫌だよ先生ー入りたくないよーちゃっかり自分はジャージ着てんじゃねーぞー」
「まあ風舞は悪くないからなー。でも補習を最後まで引き伸ばしたのはお前だぞー?」
そしてジャージは風邪を引くとまつに怒られるから着ているだけだー。と余計な一言を付け加える前田先生。
リア充爆発しろ。
ちなみにまつ先生とは家庭科の先生で、前田先生と結婚している学校公認の夫婦だ。
もう一度言おう、リア充爆発しろ。
「ぎええええええ! つめてえええええええええ!!」
前田先生に一方的な怨念を送っていると、先に極寒のプールへ逝った佐助君の悲鳴が聞こえた。
その悲鳴の愉快な事といったら。しかしあれの二の舞になる私は笑えない。
ガタガタと震える佐助君を見ながら、恐る恐るプールに爪先を入れる。
すると、突然にやりと笑った佐助君が、私の足を掴んだ。
「ぎょえっ! ヤメロ!ハナセ!」
「汝の命貰い受け給う……!」
「中ニなの? 佐助君実は中ニ病患者なの重症なの? 何でも良いから放せオアアアアアアアア!!」
プールサイドにしがみついていたが、雨に濡れていたせいで手は滑り、佐助君に引っ張られるがままどぼんとプールに落ちた。
冷たい水は体全体を襲い、私を蝕む……その時、私は気づいた。
きっと私は水と同化し、恋心抱いたあの人の元へ行くのだと……。
「何紅ちゃんポエマーみたいな事言ってんの? てかあの人ってどこにいるの? まさか天国? あっち逝くの?」
「さんみいいいぃぃぃぃぃ!! おいこら佐助! 女子をもっと大切に扱いなさいよ!!」
鳥肌が立つほどにプールの水は冷たく、肩を抱きブルブルと震える。
まったく、男なのに女の子に対して優しくしないなんてこんなの絶対おかしいよ!
と水を叩けば、佐助君は跳ねた水の粒を避けて男女差別は良くないと言われた。
何言うてんのこいつ。
「騒いどらんでさっさと泳げー! 早めに上がりたいだろー!」
先生の掛け声で、私達はやっと泳ぐ気になった。