くるりんぱ

□黄
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「……うっそ」




 早朝。日課にしているラジオ体操をしようと2階から降りてきた私の目の前に広がっていたのは、黒だった。

 その黒の中心にいたのは……鋭い目つきをした、梵天丸君だった。






   03:黄




 昨日は本当に大変だった。子供達を寝かせる布団がなかったという所から、全てが始まった。

 両親や兄が使っていた布団、そして来客用の少ない布団をかき集め、やっと人数分集まったのは良いものの。

 部屋はどう足掻いても一緒になってしまうので、そこの所を了承してもらった。

 もちろん反論する者はいたが、ここでは私がルールだと最初に教えたので、それを言うと渋々納得してくれた。

 リビングの隣にある部屋は12畳あるため、子供達なら何とか寝れるだろうと思い安心していた。

 それが、甘かったらしかった。



 鼻をつく焦げ臭さと、梵天丸君の周りに走るピリリとした電気。彼を中心にして、床は真っ黒に焼けていた。

 それはまるで、そこに雷でも落ちたかのような光景であった。


 場所はリビング。かろうじて皆が寝ている部屋ではなく、子供達が何かしら被害に遭う事はなかったらしい。

 が、それでも酷いものであった。彼の表情は冷たいもので、私がいると気づくと睨みをカマしてくる。

 近くでは、小十郎君が情けない表情で顔を歪めていた。止めようとしたらしい手が空を切っている。

 何があったのか理解出来ず、しばらく硬直してしまっていた。この光景は、一体何なのだろうか?



「……これは、どういう事」



 やっと出たのは、その言葉であった。誰に言うまでもなく呟いたその声は、どうやら相手にも届いていたらしい。

 手をぐっと握り締める彼。そのような小さな手のひらに、どうしてそんなに力を込めようか。

 一瞬目眩がしたが、まずは状況を理解する方が先だと思い、小十郎君に尋ねた。




「説明を求めたい」

「……梵天丸様は今感情に走っておられる。触れると感電する可能性があるから近づけやしねぇ」

「それは全く意味が分からないけど、そうじゃない。どうしてこうなったのかを聞いてるの」

「分からない。目が覚めたら梵天丸様がいねぇと気づき部屋を出ると、既に雷を落とした後だった」



 何故雷が落ちる? 何故感電する? 彼の言っている事が一言も理解出来なかった。

 口を閉ざしたまま、眉間にしわを寄せて怒りを露わにしている梵天丸君。一体何があったのだろう。

 視線が合うと、彼の左目に引き込まれそうになる。魅力的だが、どこか寂しそうな目であった。

 触れてはいけないような事情が、ある気がした。




「うーん、了解。じゃあ梵天丸君、とりあえず他の子達を起こしてきてくれない?」




 今はあまり深く首を突っ込まない方が良いだろうと、顎に手を当てながら梵天丸君に笑顔を向けた。

 彼は目を見開いて驚いたようにこちらを向く。まさか私がこのような反応をするとは思っていなかったのだろう。

 まあ、正直彼を怒る気にはなれない。まだ出会って1日しか経っていないのに怒るのは気が引ける。




「……俺、は」

「大丈夫。今は多分ね、心が痛い痛いなんだよ。だから無理にお話しようとしないで、まずは朝ご飯食べよっか」



 顔を逸らして何かを言おうとする梵天丸君に近づき、視線を合わせてしゃがみ込む。

 その時一瞬腕に痛みが走ったが、多分電気が当たって感電したのだろう。静電気みたいな感覚だった。

 彼を安心させるため、そして痛みを誤魔化すために頭を撫でてやる。あまり乱暴にはせず、優しく、そっと。

 しかし、この床は一体どうすれば良いのだろうか。修理するのにもお金がかかるだろうし……。

 親に相談する事も出来ないため、カモフラージュするように絨毯を敷いておいた。




「さあほら梵天丸君! 朝は早いぞー早く皆を起こしてくれたまえ! 小十郎君も、一緒にね」

「あ、ああ」

「……分かった」



 絨毯を敷いている間に、梵天丸君と小十郎君に皆を起こすよう頼む。

 てくてくと可愛らしく歩く梵天丸君の後ろを、ゆっくりとついていく小十郎君。主従関係とは凄いものだ。

 あまり見た事のない光景に少し感動しつつも、絨毯を敷き終わったので台所へと移動する。

 さて、朝ご飯は何にしようか。パンを買いだめしておいたから、それを食べてしまった方が良いか。

 あまり長く置いておいてもカビが生えてしまうだろうし、皆には一度パンを食べてもらいたい。




「うおおおおおお! べにどの、おはようございまするううううう!」



 すると。台所に向かう途中で、足元にドンと衝撃が走った。倒れそうになるのを慌てて立て直す。

 下を向くと、そこには弁丸君の姿があった。寝癖がついてしまっているのか、昨日よりもボサボサになっている。

 朝だというのにテンションが高いなぁ、と思いつつも、膝を落として彼と視線を合わせた。



「おはよう弁丸君。まずはお顔綺麗にしようか。洗面所で洗っておいで」

「わかりもうした! さすけ! せんめんじょに行くぞ!」

「はいはい……朝から元気なこって。あ、はよ」

「うん、おはよう。挨拶してこなかったら抓る所だったよ」



 弁丸君は佐助君と一緒にいると落ち着くようで、彼のズボンを引っ張りながら洗面所へ向かう。

 佐助君には一瞬無視をされるかと思ったが、そこらへんはきちんとしているのか挨拶をしてくれた。

 私の言葉におっかないねぇ、と声を漏らす彼に苦笑いする。おっかないのはどちらの方なんだか。



「おこしてきた」

「うん、ありがとうね梵天丸君。君にはいつかご褒美をあげないと」



 皆が欠伸をしながらリビングにやってくるなか、てくてくと早足でこちらに寄ってくる梵天丸君。

 これは褒めてあげないと、と先程のように優しく頭を撫でてあげた。

 昨日のように振り払うような事はせず、むしろ気持ちよさそうに目を細めて、こくりと頷いた。

 何となく懐いてきてくれたのかな、と思いつつも手を離す。彼は満足したのかそのままソファへと歩きだした。

 立ち上がり顔を上げると、小十郎君と目が合う。彼の腕にはまだ眠っている竹千代君の姿が。




「起きなかったの?」

「駄々を捏ねたんでな」

「ああ、それなら仕方ないね。この歳は起きにくいのかな……おんぶするから良いよ。ありがとう」

「布団は片付けておいた。襖がねぇから部屋の端に置いといたが、平気か」

「うん。何かごめんねそこまで、やらせちゃって」




 眠っている竹千代君を受け取り、おんぶをする。確かどこかに幼い頃使われていたおんぶ紐があったはずだ。

 子供を負ぶさりながら料理をするのは初めてだが……大丈夫だろうか。少し不安である。

 しかし小十郎君は本当にお父さんみたいだ。布団の片付けまでしてくれるとは、ありがたい。

 私が謝ると、彼は首を横に振り、住まわせてもらってんだからこれくれぇ当然だと言ってくれた。

 こんなに男前な子だというのに、身の危険が起きると昨日のように凶暴になるのか。ああ怖い。
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