くるりんぱ
□背
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「べに殿! てれびとやらは、どうやって動いているのでござるか?!」
「カメラっていうからくりを使って、人の動作や声を記録するの。それをこのテレビが写してくれるんだよ」
「かめら……どういうもんなんだ?」
「カメラはレンズという度の入ったガラスが入っていて、それを通して……何だっけ、ビデオ信号にするの」
「びでおしんごう?」
「ビデオ信号っていうのは、映像を電気信号化したもので……」
「でんき?」
「……」
まさか1つのものでこんなに質問されるとは思わなかった。
02:瀬
「未来は凄ぇな。便利な物が揃ってやがる」
「せんたくきは役に立ちそうだね、冬とか手がかじかむ事もないだろうし」
便利だ便利だと目を輝かせる彼らに対し、こちらはただひたすらに説明をしたせいで疲れ、どんよりとしていた。
機械類の知識は父親のウンチクによって少し詳しいが、あんなに問い詰められるとは予想外だった。
げっそりとしながらソファに座り込む。実は言うとこのソファもげっそりしている原因の1つではあるのだが。
「本当、時代は変わったって感じだね。俺様何のために苦労してたんだっての」
「え、佐助君って洗濯とかしてたの?」
「……まぁね」
私がそう言えば、小さく短く頷く佐助君。どうやらまだ警戒は解けてないらしいが、仕方がない。
お互い初対面だというのに、いきなり信用しろという方が無理な話だ。
視線を合わせてくれないのが、何となく寂しい気もするが。
「うおおぉぉ! てれびとやらにうまそうな物が!」
「……これ、なんだ?」
「それはトンカツ。豚の肉をパン粉っていう粉を付けて油で揚げた食べ物だよ」
「どうぶつの肉を食すとは……未来とは実にきみょうな時代だ」
佐吉君が引き気味に言う。そんな事言われても、お肉は本当に美味しいしタンパク質として必要不可欠なものだ。
肉を食べないと背もあまり伸びないだろうし、体力だって付かないと思うが。
「あなた達は食べた事ないの?」
「一汁一菜が普通故。祝い事や戦前では、魚を食すがなァ」
紀之介君は若干興味があるらしく、テレビを凝視してヒヒと笑っている。肉を見てそんな笑いをした子は初めて見た。
是非トンカツを食べて欲しいものだ。
そういえば、江戸時代後半までお肉を食べるという文化自体がなかったと高校の授業で習った気がする。
……これからご飯とかどうしたら良いのだろう。あまり肉は出さない方が、反感を買わずに済むだろうか。
いやでも、未来に来たのなら、折角だしお肉を食べてみて欲しい。
「女、これは何ぞ」
「あぁ、それはこの天井についている明かりをつけたり消したり出来る……ちょちょ、消さないで!」
松寿丸君がカチリと音を立ててスイッチを押すと、電気はすぐに消えた。
慌てて付け直すと、彼はむっとした顔でこちらを見上げ睨んでくる。
今はまだ昼で明るいが……何となくついてないと落ち着かない。
「明るいのに何故つける必要がある」
「いや、全然暗いよ」
「時代は明るさの単位まで変わるのか。厄介なものよ」
ああ言えばこう言う、とはまさにこの事。不機嫌そうに腕を組む彼に、思わずため息を吐く。
自分の子供だったら思いっきり叱ってやるのに、赤の他人でしかも後に偉い大名となる子だから、どうにも出来ない。
結局、電気は他の子供達も眩しいという事で消しておいた。その代わり、日が入る窓のカーテンを開けておく。
電気代の節約にもなるし、昼は消しておこうか。ガス代や水道代が増えるのだ、これくらいしなくては。
松寿丸君には感謝しなければ。生意気だけれど。
「あ、そういえば……」
皆の様子を見ていた時、ふと気づく。
彼らの服は、どう足掻いてもこの時代には通用しない服装ばかりだ。
過去から彼らを、タイムスリップしてきたと分からないようカモフラージュするためには、現代の服が必要になる。
いや、家の中ならまだ着物でも、他人に見られる事はないだろうし良いのだけれども。
もしも誰かが外に出たいと申し出たら?
子供の内は外で遊んでいたいと思うだろうが、庭でも隣の人には思い切り見えてしまう。
家の中にずっと篭らせる訳にもいかないだろうから、どうにかして現代の子供用の服を手に入れなければ。
小十郎君や佐助君、紀之介君に前髪長い子は兄さんの服を着れば何とかやり過ごせるとして。
子供達は、私達兄妹の小さい頃の服を着れば良いのだが……何せ男は兄1人だったから、人数分はないであろう。
……弥三郎君は私の小さい頃の服じゃ駄目だろうか。駄目だろうな、本人が嫌がりそうだもの。
「どうしたんだい?」
「んー、皆の服どうしようかなって。家の中だったら着物でも良いけど、ずっと中にいる訳にもいかないから」
「みらいの服をきるのか? ワシきてみたい!」
足元にやってきた宗兵衛君と竹千代君が、この時代の服が着てみたいと言い出した。
そりゃ、誰も着せたくないとは言っていないし、むしろ着てくれないと困ると思っていた所で。
嫌がりそうな子が数人いるが、私の言う事に従ってもらうと伝えてあるし、大丈夫かな。
しかし、子供服が明らかに足りない。
確か隣の家の兄弟が、今年で13歳と10歳になるんだったか。一度そちらに訪ねて、服が余っていないか聞いてみよう。
「じゃあとりあえずご近所の人に服があるかどうか聞いてみるよ。少しの間、大人しく待っててね」
しゃがみこんで頭を優しく撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて笑みをこぼす2人。
うん、分かった。と素直に返事をしてくれた2人を褒め、リビングと庭をつなぐ窓を全開にする。
一応クーラーは先程までつけていたのだが、紀之介君が寒がっているから消せと佐吉君に言われたのだ。
なのでクーラーの電源は消してある。窓を全開にしても何も問題はない、という事だ。
庭に置いてあるサンダルを履き、塀越しに隣の家の庭を覗く。
私の家と隣の家は塀を境に庭同士で繋がっていて、何度かこの塀から顔を出して話をした事がある。
奥さんは買い物に行く日にちや時間が決まっており、庭に出る時間も決まっている。
ちょうどこの時間は庭に出てくる時間だった気が……。
「あら〜? 紅ちゃんじゃなーい!」
「おばさん、こんにちはー」
ビンゴである。