heretic

□ケセラセラ
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「よ…し。完成だね」
「時間かかりましたね」

「いやこんなもんだよ〜」



ふー、とため息を付いたマリクに、ルークは手にしていたサンプルを置いて背伸びをする。
医療棟第一ラボラトリで、二人はようやく完成した新薬に肩の力を抜いた。



「接種は製造期間もあるし来週からかなぁ。100本出来上がったら接種開始したいけど」
「手配は済んでますから、これのレシピを提出したら今日からでも作ってもらえますよ」

「うん、さすがマリク。優秀優秀〜」



じゃあお願いね、と調合内容の書類をマリクに手渡して、ルークは机の上のカップを手に取る。
かれこれ30分前にマリクが淹れたミルクティーだが、すっかり冷めてしまっていた。


「温め直しますか?」
「ん?いいよ大丈夫、冷めてもおいしいよ〜」



マリクはルークが自分から選んだ副官だ。
本来はなりたい者が立候補して試験を受けるのだが、ルークはその時、立候補していなかったマリクに「お願いがあるんだけど」と言って立候補するよう声をかけた。
ある意味での推薦だ。

これほど優秀なのを側に置かない手はない。
そう感じたのだ。

マリクは普段驚くほど‘普通’の少年だ。
特に目立つようなこともしない。
抜きん出て強いわけでもない。

だが、いつだったかの研究発表会で、当時まだ14歳だったマリクは、完璧だ、先進的だと言われていた自分の研究内容に「僕ならこうします」と言ってきた。

それはルークにとって衝撃的で、全く興味のなかった少年が強く印象に残った瞬間だった。

やがて彼が実戦部隊に上がってくるとき、ルークは声をかけた。



『僕のところにおいで。一緒に楽しいことをしよう』
『はい?』

『研究とか興味ない?いや興味があること自体はなんでもいいけど、僕が君に興味があるんだ』
『僕に、ですか?』

『そう、君の考えていることに興味がある。だから、副官試験に立候補してほしいんだ』



はっきり言って新米には唐突すぎる話だっただろう。
しかしマリクはほんの少し迷っただけで「わかりました」と返事をくれた。
そしてしっかり試験をトップで合格し、自分の副官についたのだ。

今更ながら、なんというか、律儀というか、真面目というか。
優秀な副官に出会えたことを神に感謝したい。



「…でも」
「んー?」
「よかったんですか?ここまでさせてもらって」
「今更何言ってるの」



ルークはマリクの言葉に呆れたように笑う。
確かに新薬の開発にまだ二年目の部隊員を使うことなどあまりないだろう。
普通はもっときちんとチームを組んで行うことだ。
しかしこの新薬は、材料の手配などをロイドに頼るところはあったが、ほぼ二人で仕上げたと言っていい。

そもそもこの開発は‘彼が言い出した’ことなのだ。



「マリクが自分で‘一生物のワクチンを作る’って言い出したんじゃないか」
「それは、そうですけど」

「君は自分が結構、いやかなり切れ者なのを自覚してないんだもんねぇ」



言ってルークはくるくると回転いすを意味もなく回す。
それを見たマリクは呆れたように「酔いますよ」とため息を付く。



「今まで使っていたワクチンはせいぜい10年くらいしかもたない。それではワクチンの意味も薄いような気がする。だからより強力で長期間効果のあるワクチンを作るべきだ、って提言したのは君だ」
「はい」
「実際どこまで効果が続くかは個人差もあるし、確実にとは言えない。けれど前のよりは確実に効果はあがってる。君はもっと自分に胸を張るべきだよ」



回転いすをさらに回して、ルークはマリクを振り返る。
上司の白衣がひらりと揺れるのをぼんやりと眺めながら、それでも彼は少しだけ渋い顔をする。



「まぁ、その謙虚さはマリクの美点だけどね」



あくまでも違う、と言いたげな部下に、ルークは苦笑いして椅子の回転を止める。

ず、と一口ミルクティーをすすってしばらく。

時間にしてみればほんの数秒の沈黙。
マリクが調合内容を最終チェックしている。
カリカリとペンが走る音がやんだ頃合いを見計らって、ルークは手にしていたカップを机に置いた。



「…ねぇマリク」
「なんですか?」

「君、隊長って地位に興味ない?」

「はい?」



立候補を頼んだときと同じくらいの唐突さだっただろう。
マリクは思い切り気の抜けた声でこちらを振り返る。



「全然ないって感じだね」
「考えたこともなかったですよ」
「アディアは次の総隊長候補を決めてるみたいだよ」
「…リアルですか?」

「ふふ、賢い子は好きだよ」



くすくす笑って手に持ったカップを回す。
そんな上司をどう思ったのか、マリクは少し戸惑った顔をしている。



 
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