heretic
□ケセラセラ
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「うわああああっ!?」
「ったく、それでもハンターか!次来い!」
午前11時になったころだろうか。
響き渡る悲鳴と、どさりと何かが地面に落ちた音。
それを巻き起こした本人はよく通る低い声を張って次を呼んだ。
「ルード隊長超元気じゃん…」
「超元気だなぁ…」
「おいそこ、喋ってる暇あったら相手しろよ」
「勘弁してくださぁい」
アライヴが現場に復帰した。
結局二週間の入院生活を‘させられた’アライヴは、その間有り余った体力とたまったストレスを訓練場で容赦なく隊員たちにぶつけていた。
退院した直後、色々考えてみればアライヴだけに仕事が集中しすぎている、と他の隊長達が分担を申し出てくれたお陰で以前ほど書類がたまることもなくなった。
そもそも怪我の原因だって過度の疲労が元だったのかもしれない。
おかげで一応定時で終われるようになったアライヴは、あまりできていなかった隊員たちの様子を見に行った、結果がこれである。
「なぁ、隊長どんくらい組んだ?」
「さぁ?3…40分くらいじゃない?」
「何で息乱れてねえんだあの人マジすげえ…」
一足先に組み終えたハリーは、仲間とぼんやりと仲間が‘指導’されていく様子を眺めている。
さっきから、相手が相手なのもあってかまともに組める隊員はいない。
最初こそやっと元気な姿を見せてくれた自分たちの隊長に喜んだものの、心配もあって少し落ちていた隊員を見たアライヴは、ため息混じりに組み手をすると言い出した。
で、組んでみればまぁ当然ながらフルボッコというかなんというか。
さすが隊長〜と放り投げられて痛む腕をさすっていると、後ろから唯一‘まともに’組める仲間がひょっこり顔を出した。
「飛ばしすぎなんじゃねーの」
「二週間も寝たきりで体力有り余ってんだよ。暇ならお前相手しろよ」
「やだよそんな超元気な奴。絶対怪我するし俺明日も外任務だし」
任務帰りなのか、ミズホと一緒に書類、多分報告書を手にしていたリアルは、即答で拒否する。
確かに、今この状況を見て「よしきた」と言う奴はいないだろう。
と、思っていたのだが。
「じゃ、私相手しよっか?」
にっこりと笑って申し出たのは、きっとこの場の誰も予想しなかっただろう、ミズホだった。
13班の任務についていけているのだから、それなりに実力もあるのだろう。
あー相手いてよかったですねーなんて他人ごとよろしく頷いていると、あっさり受けると思っていたアライヴは露骨に顔をしかめた。
「げ…」
「体力有り余ってるんでしょ?体術だけなら私つき合うよ」
「え、ミズホお前、」
「断る。お前は面倒くさい」
ワクワクしたような表情のミズホと、予想外の展開に困惑するリアル、そしてきっぱりはっきり嫌そうな顔をしてそれを断るアライヴ。
なんだかよくわからないことになっている訓練場に、ハンター部隊のメンバーは頭に?マークを浮かべた。
「いいからいいから!ねっ、よーし行くよー」
「いやだから別にお前は、っ、おい話聞け!」
断るアライヴを無視して、ミズホは兄に飛びかかる。
それを怒鳴りながらかわしたアライヴは、「あぁもう!」と怒鳴りながらも応戦しはじめた。
「ミズホちゃんて結構アクティブな子なの?」
「いや俺も初めて見た…けど」
うーん予想外だねーと呟きながら、リアルにそう問うと、彼は困惑を隠さずにアライヴに挑みかかるミズホを見つめる。
勢いよく裏拳やら蹴りを繰り出すその身のこなしも軽い。
そしてなにより、
「超楽しそう」
◇◆◇◆◇
「嘘だろ…」
どうせ妹だからやりにくいとか、そういう理由で組みたがらないのだろうと思っていた。
適当にあしらって終わらせてしまうのだろうと、とりあえず見守っていたのだが、予想に反して息が上がっているのはミズホではなくアライヴの方だった。
「はっ、はぁ…くそ…っ!」
「ふっふーこっちだよーだ!」
かれこれ組み始めてから20分は経っただろうか。
アライヴは当然ながら体術もかなりの腕前だ。
スピードもテクニックも、男性なのだから当然パワーもある。
どんな体勢からでも攻撃を繰り出すことができるし、相手にすればかなりやっかいだろう。
が、そんなやっかいな攻撃を、ミズホは見事なまでにすべていなすのである。
その体捌きはいっそ拍手を送りたいくらいで、無駄な動きなど一切なく、相手を大きく動かして体力の消耗を誘う。
アライヴは一度手を止めて、肩口で汗を拭った。
「暑…」
「お兄ちゃん息あがってるよ、休む?」
「っていうか止める」
はぁ、とため息を一つついて、アライヴはくるりとミズホに背を向ける。
えー、と不満そうにしたミズホは、ととと、と兄に駆け寄って引き留めようとその腕を引いた、はずだった。
「えっ?」
「油断大敵って…なっ!」
「わああっ!」
すんなりと綺麗な指が逞しい腕に触れた瞬間、ぐっとその手首を引き寄せられる。
ミズホが一瞬目を丸くした時には、その細身の体は宙に舞っていた。
「わっ、わ、っととと!」
背中を蹴り込まれて空を舞った身体を起用にひねって一回転させたミズホは、トントンと軽く地を蹴って体勢を整える。
ふぅ、と一息ついた彼女は、背中をさすりながら兄を見上げて声を上げた。
「ひどいお兄ちゃん本気になってる!」
「最初っから本気だよ馬鹿」
頬を膨らませる妹に、苦虫を噛み潰したような顔で返す。
アライヴは再び大きく息をつくと、今度こそ全身の力を抜いた。
「えー本当にやめるの?」
「疲れた」
「もうちょっとだけー!」
「っさいな、帰って幾月に組んでもらえよ」
「幾兄は痛いんだもん」
「わがまま」
ベンチにひっかけていたタオルを取って、アライヴはシャワー室に足を向ける。
その後ろ姿に、隊員達は面白そうに声をかけた。
「隊長、妹さんに負けちゃいますよー」
「別に。最初から体術で勝ったことないし」
「えっ、マジっすか!?」
「そいつと組んで勝ったら今月飯全部奢ってやってもいいな」
「マジっすか!?」
「勝手に変な約束しないで!」
くつくつと面白そうに笑って妙な約束をしようとする兄に、ミズホが慌てて抗議する。
はいはい冗談だよ、とシャワー室へ続く廊下をくぐる直前、ちょうどそこにいたリアルにふとアライヴは薄く笑って言った。
「あいつ強いのは体術だけだから」
「は?」
「いざってときは頼むぞ」
なんの、話だ。
言葉の意味を咀嚼すること数秒。
そのままシャワー室に消えた背中をはっとして振り返る。
「…言われなくてもわかってるっつの」
「リアル?」
リアルはぐっと眉間にしわを寄せる。
独り言を拾ったミズホが首を傾げながらこちらの隣に並ぶ。
リアルは隣に並んだ彼女の頭を、苦笑気味にぽんと撫でた。
「なんでもない。行こ」
「?、うん」
――遺言か何かのつもりか。
リアルは見上げてくるミズホに微笑みながら、心の中で吐き捨てるように呟く。言われなくてもそのつもりだし、今更すぎて腹が立つ。
今すぐに去っていく背中に蹴りでも入れてやりたくなったのをぐっと我慢する。
まだ誰も知らないのだ。