heretic

□救世主
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シュナイザーの去った会議室。

ばん、と激しい音がして、机のカップが倒れて落ちる。
ぱりん、とカップが砕けるのが見えて、リアルは何を言えばいいのかわからず呆然とアライヴの名前を呼んだ。



「アライヴ、」
「ふざけやがって…!」



腹の底から出る怒りを目の当たりにしてか、その場の誰もが落ちたカップを咎めない。

アライヴは机に叩きつけた拳がじんじんと痛むのを感じた。



『世界のために化け物が一匹犠牲になるなら、これほど良いことはないのだろうね』



シュナイザーの言葉が頭の中で反響する。
言いようのない憤りを持て余し、アライヴは荒々しく席を立つ。

しばらく放心したように動けずにいたアイスとノヴァも、はっと我に返って慌ててその後を追った。



「…世界のために、」



静まり返った会議室。
ぽつり、と割れたカップを見つめながらリアルが呟く。



「バカなことは言わせないわよ」



リアルの言わんとするところに気づいたアディアがいち早く言葉を遮る。



「今回も無駄な会議だった。今日はそれで終わりよ」
「でも」
「今日はゆっくり休みなさい。疲れたでしょう」



少し焦ったような、怒ったような口調でアディアがまくし立てる。
しかしリアルが言葉を止めることはない。



「もしも俺が」
「やめて」
「俺が行って」
「やめて!」

「俺が行って世界が救われるなら!!」



姉の言葉を止めるには、十分すぎるくらいの強く大きい声。
しん、と再び部屋が静まり返る。



「…それで何万人、何億人もの命が助かるなら」



その場の誰もが、続く言葉を聞きたくないと顔を歪める。
それとは対照的に、リアルはただ落ち着いたような、諦めたような、静かな表情で言った。

望む言葉とは、正反対の‘現実’を。



「俺は行くよ」



数歩の足音の後、ぱたんとドアが閉まる音がして、アディアは両手で顔を覆う。

現実になるなんて思っていない。
それでも予感がするのだ。

きっと誰かがいなくなる。



「どうしたらいいの…」



アディアは叩きつけられた現実に泣きそうになる。
顔を覆ったアディアの肩に、メイリンがそっと支えるように手を置いた。



「まるで死神だな」



苦々しげにロイドが吐き捨てる。
複雑な表情を作るロイドに、マリクはわからないと首を傾げた。



「死神、ですか?」

「前に会議をしたときは、アルが公開処刑される三日前だった。その前はクオレ狩りの前」



マリクの言葉に応えたロイドは、そう言って額に手を当てる。



「奴らは死神なんだ」



現実になるはずがない。
そうは思っていても湧き上がる言いようのない不安と焦燥感。

マリクは投げ捨てるように「失礼します」と言って、急いたように会議室を後にする。

どうしていつも、リアル君なんだろう。


ただ黙ったまま状況を見守っていたメイリンは、ぐっと奥歯をかみしめる。

そうしないと泣いてしまいそうだった。



 
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