heretic

□救世主
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「それは、どういう…」



全てがおかしいことなど重々承知だ。
が、一応のつもりで聞いたのだろうコーセーに、シュナイザーはわざとらしく姿勢を正した。



「一つ、亜種の出現。二つ、奇病の発生。そして三つ、これほど世界は乱れているのに、国民はそれに気づいた様子がない」
「は…?」



気づいた様子がない?

そんな筈はない、とアディアは心の内で呟く。
イセリアには毎日「妙な魔物がいる」と国民から連絡が来ている。
サガラの鬼退治の依頼も格段に増えているし、中には襲われかけたという報告もある。

気づいていないはずなどない。

アディアが口を開こうとしたが、それを知ってか知らずか、シュナイザーが先に言葉を続けた。



「君達が上手くやっているとも取れる。しかしこれほど出現率が上がっているにも関わらず、国民が亜種やノーバディに遭遇している様子がないのは明らかにおかしいのではないかね?これは失態とも取れるが、」



そこで一度言葉を切り、シュナイザーは手のひらを天井に向ける。



「私もこれほどとは知らなかった」



アディアは納得いかないとアライヴに目配せする。
アライヴは「深く考えるな」というように、僅かに首を横に振った。



「奇病はイセリアやサガラにしか流行しないというのも、つまりは遭遇率に関わるのだろうが、しかしおかしいと私は感じるのだよ」



シュナイザーは一度そこで言葉を切り、背もたれに深く身を預ける。



「君達の対応も」



きた、といっそ面白そうにジェイドとルークが肩を竦める。
それを見たアートは二人を注意するように睨みつけた。



「なぜ大幹部に隠れてやろうとする?昨日の昼も夜も何か話し合いをしたようだが」



さてどうしよう、とアライヴは手に持っていた万年筆を一度回す。
なぜ昨日の事を知っているかは知らないが、予想していなかった事態ではない。
むしろこれが本題なのだろうとさえ思う。

ざっと視線を流すと「お前が答えろ」と隊長皆が視線をよこす。

面倒事を押しつけるな、と言いたいところだが、今は仕方ない。
アライヴは音もなくため息をついた。



「仲がよいだけかね、それとも隠し事かね」

「…シュナイザー元帥」



一瞬リアルの表情が強張るのが目に入る。
何か声をかけてやりたいところだが、今はその時ではないとアライヴは姿勢を正した。



「自分達が昨日集まって話をしたのは事実です。しかしまだ憶測の域を出ない、‘夢’のような話をしたのみ。それを大幹部の方々に報告すべきではないと」
「ふむ、確実性を取ったと」

「昨日はたまたま集まって気まぐれに‘雑談’をしただけです。それを大幹部の方々に報告するのもおかしな話でしょう」



そう、本当に‘夢’のような、不確実な話。
どうせ話しても信じない、笑い飛ばされるような話をする必要性は感じないし、してやるつもりもない。

まして興味もないだろう。



「ルード隊長」



が、返ってきた答えはあまりにも予想外の回答だった。



「ではその夢のような話を私に聞かせてくれんかね」
「は、」



アライヴは言葉を失う。



「気まぐれな話なら、私に話してもなんら問題はないだろう?」



にこりと笑って促すシュナイザーに、どう答えていいかわからない。

問題ないわけがない。

いつもは興味なさげにするくせに何を、と心の中で毒づいた。



「…プライベートなことが絡むんですが」
「私はいっこうに構わんよ」



こっちがダメなんだ。
ちらりと再び視線を流すが、皆渋い顔をするばかりだ。

言葉に詰まったアライヴに、シュナイザーは「それなら」と後ろに立つアイスとノヴァに顔を向けた。



「君達は、君達の隊長が何の話をしたか知っているかね?」
「いえ、僕らはその場にはいませんでしたから」

「興味は?」
「ありません」
「僕もないです〜」


きっぱりと言い切ったアイスとノヴァに、シュナイザーだけでなく、その場にいた全員が驚いた顔をする。

言葉を濁すこともない、ただはっきりとそう言ったアイスもノヴァも、本気で興味がないわけではないだろうに。



「どうして?」
「別に隊長方が集まって雑談をするのは珍しいことではありません。談話室や食堂でも見かけますし、今の隊長方はとても仲がいいですから」

「それに副官の僕達が、隊長の行動に口を出すことはできませんから〜」



そうイセリア隊長の副官は、公私混同をしない。
あくまで隊長と副官、きっちりと上下関係を保ち、隊長の行動の一切に副官が口出しすることは許されない。
副官になるときにはっきりとした境界線を引く。

実力主義のイセリアは、仲間であっても家族ではない。



「なるほど一理ある」



シュナイザーも、規約として確かに理解しているのだろう。
しかし、二人の言葉がそこからしか出ていないことを、確実に見抜いている。



「しかし興味がないのは嘘だ」
「…何故ですか?」

「君達が幼く賢いからさ」



賢い子どもは知りたがるものだ。

そう言ったシュナイザーにそんなことない、と言いかけたアイスを、アライヴは小さく「やめろ」と呟いて制する。
ムキになっても意味はないし、むしろ相手の思うつぼ。

気がついたアイスは渋々口を噤んだ。



「話をしたのは隊長だけではなかったようだね。リアル君」



ぐ、とリアルは見えない位置で拳を握る。

――何を聞かれても何も答えるな。


それがアライヴとの約束。
何故自分がいたことまで知っているのか、結局これは何の会議なのか。
聞きたいことは少なくなかったが、こんな状況ではそれもできない。

一番知りたいことは、なぜそんなことを聞くのか、だ。



「君もいたとか」



どうしたらいいんだ。

聞きたいのはこちらの方なのに、誰もが知りたがってばかりで問いかけられない。



「答えなさい、昨晩の話を」



最初は嘘でもついてやろうかと思った。
それができないと気がついたのは、父の表情が堅くこわばっているのに気づいたときだった。


――最悪だ。



「…昨日は、」



口を開く直前、心の中で舌打ちする。

誰も答えてくれないし、助けてもくれない、助けを求める自分も、何もかもが最悪だと感じた。

面白そうにこちらをじっと見つめているシュナイザーに、リアルは半ばやけくそ気味に昨日の「夢」を語り始めた。



 
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