heretic

□神の決断
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「今日の正午、もう一度ここに来い。俺と一緒に赤鬼退治に出てもらう」
「し、しかし我々は…」
「お前達の都合など聞いていない。有無は言わさん、ついてこい」

「…承知」



反論しかけた鴉を黙らせ、カガミはくっと口角をあげる。

今上の采配には絶対に逆らわない。

これは鴉の習性、こちらにとっては都合がいい。



「期待してるぞ。今日はもういい、帰って休め」
「は、失礼いたします」



静かに頭を下げ、鴉が音もなくその場を立ち去る。
その様子をじっと見つめていたカガミは、ややあって深いため息をついた。



「あいつらと対峙すると疲れる」
「はは、同感だ」



苦笑でもって同意した幾月も、やれやれと肩を解している。
鴉に僅かでも隙を見せると何を言われるか分からない。


カガミもわざわざいつもの着流しではなくきっちりと正装をした。

はっきり言って面倒くさい相手なのだ。



「…カガミ」
「はい」

「何を考えている」
「言ったはずですよ」



低い声音で水無月が問う。
カガミは振り返ることなくその問いに答えた。



「黙って従ってほしい?」
「はい」



ため息をつく気配が伝わる。
もう何度目かわからないやりとり、水無月は少々でなく苛ついているだろう。

別に理由を言っても構わないが、恐らく皆反対するだろう。



「ふぁあ…」



と、欠伸の声に皆が振り返る。
鳴神が眠たげに目をこすっていた。



「話もすんだことだし、今日はもう終いにせんかのぅ」
「大老、よいのですか?何も伝えられぬまま、大事にでもなったら、」

「もうすでに大事じゃて、構わんじゃろう。夜更かしは老体に優しくないからの」



言い終わるや否や、鳴神は立ち上がってさっさとその場を後にする。
それを見た浅葱もまた、一つ伸びをして「おやすみ」、と部屋を出た。



「気に食わん。なんなんだ、浅葱まで」
「皆、もう話は済んだ。あとは好きにしてくれ」

「カガミ、」

「母さん、今は休んでください。…悪いようにはなりませんから」



水無月の言葉を無視して皆を解散させる。
むっとした表情を見せた彼女に、浅月がそっと微笑んだ。



「水無月さん、若様もこう言っていますし、今日は休みましょう?」



柔らかい声だ。

彼女は人を安心させるような声をしている。
どんなときも声を荒げることはなく、穏やかな風のような性格をしている。



「…カガミ、事が済んだら」
「ただじゃおかない、でしょう?終わったらいくらでも怒られますから、今は終わりにしといてください」

「あらあら若様、後悔なさいますよ」



くすりと笑った浅月は、そのまま水無月を連れて部屋を出た。



「あたしも寝るわ。おやすみー」



ふぁあと大きな欠伸をし、壬月もそれの後を追う。
静かになった部屋の中で、幾月は静かに問うた。



「浅葱さん達は、知ってんだな」



相変わらず勘の鋭い奴だ。
カガミは外を見つめたままただうなづいた。



「先代に話をしないわけにはいかないからな。いくら嘉神でも、それはまずい」
「若、僕達には教えてくれないのかい?」



宵月が言うと、カガミは振り返って二人を眺める。
やがて肩をすくめると、彼は仕方なさそうに口を開いた。



「そんなに気になるならこっそりついてきたらどうだ?」
「え」

「…いいのかい?」



意外な言葉に、二人は驚いた顔をする。
カガミはしれっとしてこう言った。



「ついてくるななんて、今まで一度も言ってないけど」



一瞬の沈黙。
幾月は深夜という事もあって声を殺して肩を揺らした。



「そりゃいい、んじゃこっそり‘気づかれないように’ついていくわ」



宣言してしまっている時点でこっそりじゃないが、要は鴉に気づかれなければいいのだろう。


三人が笑いながら部屋を後にする。
雲一つない空、に浮かんだ三日月が音もなく揺れた。




 
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