はなし

□ペット
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夢を見た。何故夢なんだと分かるのかというと、俺は四本足で歩いていたからだ。大方猫だろう、あいつにはいつも大きな猫みたいだと言われるから。その夢では俺は更地の部屋にいた。猫の姿では寮の一部屋が貰えるはずないから納得いく。とすれば俺はこいつに飼われてるのか。ベッドに座る更地を見上げれば、いつものような低い声で、でも優しく、おいでと膝を叩くのだ。俺はベッドに飛び乗り、更地の膝に寝そべった。膝枕の要領だった。更地は俺の喉を慣れた手つきで撫で上げる。気持ち良くて目を細めると、更地が嬉しそうに気持ち良いか、と尋ねてきた。やっぱり優しい声色だった。俺はとろとろにされてしまいそうで、ごろごろと寝返りを打った。更地はかわいいなと言いながら今度は腹を撫でてきた。かわいいのはおまえだ、と内心思っていると、しお、と名前を呼ばれた。返事を返すと嬉しそうに頬を染めて、あいつはまた呼んでくる。ばかか、と呆れたが、悪くない気分だった。頭がふわとろだ。

意識がふわふわしていたところで、急に更地は俺を持ち上げた。眠気が一気に覚めて、自分で歩けるとじたばた暴れたら、悪い風呂を忘れてたと謝ってきた。もうすぐで寝れたのに忘れんなよばか!ばぁか!
しかしふと気が付いた。これは夢だ。とするとこの更地は、俺のイメージする更地という事か。なんだかはずい。はずい!もっとじたばたすると、しおは風呂嫌いなのか、と訊かれた。分かれよ!この鈍感!おれはおまえの事こんな知ってんのに!

途中で寮の管理人とすれ違った。更地はこんばんはと挨拶したが、管理人は顔を怪訝そうに歪めた。俺の方を見ている。更地が今から風呂なんです、と言うと、管理人は深く長い溜め息を吐いた。

「お前も物好きだな」

俺が目を白黒させているうちに、管理人は去って行った。更地のでかくゴツい手が俺の頭を撫でる。それから、そんな事ないのにな、と小さな声で呟いた。
なんだよなんだよいみわかんねえ!なんだよ、おれがわるいのかそうなのかどうなんだ。わかんねえおしえろばか!んなかおしてんじゃねえぞ!
再びじたばたと暴れると、更地ははっとして、そうだ風呂だったなと歩き出した。そういう事じゃねえよ!ばか!鈍感!

わしゃわしゃと音を立てて体を洗われる。体まで泡立つってなんか変な感じだった。桶を使って豪快に泡を流すと、更地は綺麗になったなと喜んだ。変な気分になったので、更地の体にすり寄った。甘えん坊だなと言われた。その時の顔がすげえ嬉しそうで、無邪気だったから、まあよしとしてやろう。

風呂から上がったら、俺は更地が服を着ている間にリビングに向かった。しお、と後ろから呼び止められて少し、ほんの少しだけ戸惑ったが、リビングに走った。勿論四本足で。リビングには誰もいなかった。これはチャンスと俺は窓へ向かった。リビングの窓は大きくて、外を一望出来る。俺は窓のガラス越しに自分を見た。
そこには、猫なんて程遠い、何とも形容し難い生き物がいた。真っ黒の体に真っ赤で血走った目、口は不気味な牙が生えており、まるで悪魔だ。おぞましく気持ち悪い羽をなくした悪魔だった。体の震えが止まらないでいると、ひょいと体を持ち上げられた。

「駄目だろう、しお。勝手に離れたりしたら」

うるせえ、うるせえ、こんなバケモノに何怒ってんだ、ばか、ばか野郎。

「帰ろうな」

更地は俺を抱っこした。優しくて落ち着く声色だった。俺は何故か涙が出てきて、更地の肩にパジャマごと思い切りかぶり付いた。ばか、なにが帰ろうなだ、ばか、こんなバケモノのせわなんかしてばか、ばか、ばかだろおまえ、なんでバケモノのめんどうなんてみてんだよばか、ばか、なんでおれのめんどうみてあんなうれしそうなんだばか、ばか、ばかやろう。
俺の気持ちなんて知らずに更地はこら、と俺を叱っている。
うるせえうるせえ、こんなやつのめんどうなんてみるおまえがばかだからわるいんだ。ばか。きらわれるじゃねえかおまえ、ばか。こんなやつのせいで。ばか。おれにかまうせいで、ばか、ばか。くそ、なんでないてんだよおれわかんねえわかんねえよ。ばかやろう。ばかやろうが。



鈍い音と共に世界が揺れた。後頭部にはフローリングが当たり、足はベッドに乗せられている。どうやら柄にもなくベッドから落下したらしい。夢から覚めたいから無意識に悪あがきでもしたのだろうか。意識がとろとろと沈みそうになっていると、枕元の目覚まし時計がけたたましく鳴った。俺は仕方なく足をベッドから下ろすと、体を起き上がらせた。その際ぽろりと溢れた雫には、俺は見て見ぬふりをした。


「史雄、待っていてくれたのか?」
「別に良いだろ」
「その……悪かった、今日は俺が片付け当番で」
「良いからさっさと行かねえと遅れんぞ」
「あ、ああ」

みんなで一緒に朝食なんて食べたくないから近くのコンビニで買ったジャムパンを、口の中に放り込む。ビニールの包みをくしゃくしゃにしてポケットに突っ込むと、更地が横に並んで歩き出した。何も言わなくても、こいつは俺の横に並ぶ。同様に俺も何も言わなくてもこいつを待ってる。もうそんな関係だった。
昨日の夢が蘇る。馬鹿らしい夢だった。けれどどこかリアルで、どこかファンタジーで、どこかホラーだった。更地の肩に目線を移す。視線に気付いたこいつは俺を見下ろして首を傾げる。こいつこそ犬みたいだ。今度は俺が飼い主で、更地が犬の夢を見よう。それで俺は、


「史雄?」
「………噛んで、ごめん」


こいつの肩を一撫でして、毛繕いでもしてやるんだ。



―――――――――――
一回はやってみたかった話。







 

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