はなし

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※思ったより甘くなってしまいました、観覧注意



















それからというものの、史雄はよく陸弥の元を訪れるようになった。
きまぐれな猫のように、神出鬼没に陸弥の前に現れては、特別何かをするという訳でもなく、共に過ごした。

約束もしていないのに、帰り道の途中にある街灯にもたれて、待っていてくれた時もあった。遅ぇ、と文句は言われたが、一緒に寮までの道を歩いた。

陸弥からしてみれば、それは嫌な事でも何でもなかった。むしろ、仲良くなれた証だと思って喜んだ。
史雄からしてみれば、陸弥のような人間は、初めて見た部類で。不可抗力だが、もっと知りたいと思った。


「史雄。また来てたのか」

そんなある日。史雄は勝手に、陸弥の部屋に入っていた。史雄と陸弥の仲が良くなった事は寮の管理人も知っていたので、怪しむ事なく部屋の鍵を渡した。その際、史雄は陸弥には許可を取っていると嘘をついていた。

史雄が陸弥の部屋に無断で入って、普通なら陸弥は怒るべきなのだが、全く気にしなかった。きっと陸弥にとっては、野良猫が部屋に侵入してきた程度の認識なのだろう。慌ただしく部屋に入って来たと思ったら、陸弥は柔らかく微笑んで、上の言葉を口にした。史雄は、もうほとんど定位置になっている勉強机の椅子に寄りかかり、短くよおとだけ、挨拶の言葉を口にした。

「今日は何の用事だ?」
「別に。適当に過ごして帰る」
「分かった」

このやりとりも、恒例の物となりつつあった。史雄は、特別な事なんてせず、ただ陸弥の部屋にいる。本当に猫のようだと、陸弥は目を細めた。動物好きの彼にとっては、嬉しいのだろう。

史雄は、無断で本棚に陳列されている漫画を読んでいた。ページをめくるスピードが早い。3秒もない。真剣に読んでいない事が見受けられた。

「史雄、何か飲み物はいるか?下から持って――」
「いらねえ。」

言い切る前にはっきりと否定されて、陸弥は頭に大きなたらいが落ちて来たような気がした。しゅんと頭を下げて、ベッドに腰かける。
ふと、陸弥は漫画を読む史雄を見た。本来背もたれの役割を果たす部位に肘を置き、淡々とページをめくっている。つり気味の猫目が特徴的なその顔は少しふっくらとしており、幼さを残している。くせのある茶髪、赤いメッシュは、不良である事を示している。

穴が空くほどに見つめていると、漫画を読み終わったらしい史雄が冊子を閉じて、顔を上げた。渋い顔をしていた。

「人の顔じろじろ見て、そんっな楽しいか?」
「あ……い、や……。綺麗だな、と思って」

馬鹿正直に感想を口にすると、史雄は目を丸くした後、乱雑に椅子から立ち上がり漫画を棚に戻した。それをマイナスな意味に捉えた陸弥は、慌てて立ち上がる。

「し、史雄!今のは……、い……今の……」

あたふたしながら言い訳を考えていると、史雄は静かにベッドに座った。そのまま陸弥を無言で見てきたので、陸弥は頭が真っ白になりながらも、ベッドに座り直した。

「お前って、ほんと馬鹿」

陸弥から顔を背けながら、抑揚なく言ったそれは、陸弥の心に刺さるナイフになった。何も言えずに項垂れて落ち込んでいると、陸弥の腕に史雄の頭が乗った。

「けど、嫌いじゃねえ。……変な奴」
「史雄、」

どうすれば良いのか分からず体を硬直させていると、史雄は陸弥の服の裾に触れた。そして、大きな手に、指が触れる。

「嫌なら自分でどうにかしろよ」

そうぶっきらぼうに言って、手を握った。陸弥は、最初は驚いて引っ込めようとしたが、

「……嫌じゃ、ない」

しばらく頭を悩ませた後、そのまま、手の暖かさを求めるように、握り返した。

「甘えてくれるなら、俺は嬉しい」

緊張の糸がほどけ、ほっとしたように笑うと、史雄の心は、ある好奇心にくすぐられた。
手を握る事さえ許してくれる男は、どうしたら怒るのだろうと。初対面の時以来、怒る表情は見ていない。
とんだ悪戯心だった。陸弥が優しいが故に、意地悪したくなる性格だった。

「おい」

一声かけると、陸弥はきょとんとしながら、史雄の次の言葉を待った。犬か、と心の中で呆れながらも、史雄は手を離して立つ。


それは、単なる悪戯心だった。


「お前が悪いんだからな」

俯き加減で呟くと、陸弥は何の事か分からず首を傾げる。

だから、何で外見と性格がそんなに合ってねぇんだよ。馬鹿。ほんと馬鹿だ。

史雄は内心散々馬鹿馬鹿と陸弥を罵りながら、肩に手を置いて、顔を近付ける。


キスは長かった。陸弥は拒まなかった。







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時々素直な史雄。
まだ続きます。










 

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