はなし

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「あの……弦士が嫁、なんですか?」

普通、逆だろうと慈竜は思った。弦士は古風で、厳格で、それでいて男らしい。落ち着いていて、時には優しくて、泰然自若を体で表したような男。それが嫁、なのかと。むしろ夫、または父が正しいのではないかと。
慈竜の頭の中に、エプロン姿の弦士が映し出された。想像の中でも、似合わないと、大声ではっきり言える。

琥珀はそれを聞くと、噛んで軽くほつれてしまったハンカチで鼻血を拭きながら、さっき慈竜が予想していた、あっけらかんとした顔で軽く言った。

「だーって、俺様から襲うんだから嫁っしょ?それにあんな可愛い人、嫁じゃない方がおかしいって!」

更に増量した、端から見ればトマトケチャップにも見えるかもしれないそれは、みるみる赤いハンカチを更に赤く染めていた。酸素に触れて赤黒くなっているところもある。
目をきらきら輝かせる琥珀だが、慈竜はどこが可愛いんだろうと、必死に弦士の可愛いと思わしきところを探していた。結果、弦士は可愛いよりはかっこいいという結論に至った。
そもそも、琥珀は男なのか女なのかが気になるのだが、言ったところで適当にはぐらかされる事が目に見えているため、慈竜は言いかけた言葉を飲み込んだ。

「……俺は、弦士は、『そういう事』を知らないとはあまり思えないんですが……。」

「だから検証してみるんじゃないさ!!」

勢いある言葉と共に、勢い良く慈竜の胸元に何かが投げつけられた。ばさっという、何十枚かまとまった紙が出す独特の音が、受け止め損ねて落ちた床から慈竜の耳に届く。
それは本だった。雑誌にも見える。しかし問題は中身だ。慈竜はとりあえず中身を見ようと、ぱらりと表紙を捲った。投げた。飛んだ。

「な、にを……っ、教会に持ち込んでるんですかぁぁぁぁぁ!!」

「ちょーい慈竜くん!ちょっとーこれマジ大事な資料なんだくぁらー。あんま乱暴に扱わないでよ、暴力はんたーい」

動揺して変な方向に投げた本を、琥珀がかろうじてキャッチして、口を尖らせてブーイングした。慈竜の顔は、ようやく止まった琥珀の鼻血と同じくらい真っ赤だ。心なしか息が荒い。今回ばかりは、恥ずかしさからである。

「早く!そんな破廉恥極まりない物しまいなさい!早くっ!!」

「ふぁーい」

琥珀は不満そうにぶーたれて返事しながら、それを丸めてポケットにしまった。慈竜と言えば、嵐のような後悔が心に押し寄せていた。ああ、今冷静に表紙を見れば、ピンク色の気配満載なフォントに見出しだったではないか。全く何故中を覗いたんだ自分、おかげで2日は忘れられそうにないと、頭を抱えた。
一方琥珀は、その破壊力を目の前にして、これ以上ないくらい笑顔が煌めいていた。弦士風に言えば、蹴りたくなるような笑顔だった。

「んーじゃ、試してみようかなっと!お邪魔しますたー♪」

「ああ……はい……」

やるせない気持ちになって、慈竜は声のトーンを落としながら返事をする。と、琥珀の声が頭の中で反響した。……試す?

「まっ……ちなさい、琥珀ーっ!!」

声が枯れそうになるくらいに叫んでも、時既に遅し。琥珀は木製の観音開きの扉を開けて、疾風のようにこの場を去っていた。慈竜はぐったりと壁にもたれかけ、疲労と共に、それを上回るほどの悪寒を感じて仕方なかった。



後日。琥珀が再び教会を訪れた。1分でも触れられてたあの本が、真面目な顔で見つめられてた本が羨ましい、本になりたいとわあわあ騒ぐのを宥め、落ち着いて話を聞いたところ。
弦士は1分ほど無表情でその本をパラパラと捲り、捲り終わった後、私には必要性を感じないと言われて、突っ返されたらしい。
続けて『そういう事』は知っているのかと問うと、赤くなりもせず、知識はあるが経験はないと無表情に返されたらしい。
そして、それなら俺と初めて……しようぜ!と煌めく笑顔で尻を撫でようとしたところ、顔に強烈な蹴りを食らったらしい。
その後、再び襲っても良いか確認したところ、再び勘違いされたらしい。

結果を聞いて、慈竜は何とも言えず、苦笑いをするしかなかった。



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ブログに載せたのを修正した物です。

気分を害された方はすみません。









 

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