はなし

□変態の憂鬱
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珍しい。慈竜の頭の中は、大半、その驚きに似た感情で占められていた。
琥珀が、あの琥珀が、春休みに弦士ではなく慈竜の自宅、即ち教会に来たと思ったら、切なげにステンドグラスを見上げているのだ。神聖なローブを纏い、手を組んで祈る聖女が描かれているそれを見て、琥珀は何を思っているのだろうか。慈竜は思わず、ごくごく普通の長袖のシャツを着ていても、忘れる事なく下げている十字架を、じっと見つめていた。答えが出る事を期待している訳ではなく、ただの暇潰しと言われても、あながち間違いでもなかった。

「のう……慈竜さんや」

「はい」

老人のようにゆっくりした口調で言った琥珀に、慈竜は反射的に返事を返していた。その際、十字架から琥珀に目線が移った訳だが、その瑠璃のような青い瞳に鮮やかなステンドグラスが写されているのを見て、慈竜は無意識に、心の中で綺麗だ、と呟いた。

そして琥珀は、神妙な顔つきになって、目線そのままに相談があると持ち出して来た。弦士は?と訊くと、知っておると返され、慈竜は胸に手を当てて小さく安堵した。慈竜に初めに話される事は、大抵が下らないと言うべきか、反応に困る、はっきり言ってしまえばはた迷惑な話ばかりだからだ。例を上げれば、弦士が拾った子犬に向ける目がすごく優しくて、犬になりたいんだけどどうしたら、というとても馬鹿らしい相談がそれに当たる。

しかし、弦士にも話した上で慈竜にも、という相談事はない。一体何事か、もしかしたら大事かもと、慈竜は身構えた。手に、力が入る。

「その相談、とは?」
「……ね、慈竜。わしゃーね、一度で良いんだ。いや、一度じゃ足りないかもしれない。というか足りない。けど、それでも、」
「ええ」

相槌を打って頷く。あまりにも真剣なものだから、普段穏やかな空気が間延びしたように流れる小さな教会も、ぴりりと弱い静電気のに似たものが流れているように感じた。


「弦士を襲いたい」



慈竜は、高い場所に設置された窓からこぼれる日の光を見て、今日は良い天気ですねと呟いた。鳥の小さな鳴き声が聞こえた。

「弦士を襲いた、」
「二度言わなくて結構です!」

せっかく聞こえないフリをしたのにと、いつもより荒い口調で言う慈竜の顔はレッドカーペットと同じくらい真っ赤だ。何なんだよと語尾を伸ばして琥珀が頬を膨らませば、慈竜はステンドグラスを指差した。

「よりによって、俺の家、で、教会で!そんな、お話を持ち込むとは何事ですか!時と、場所を、考えなさい!」

怒りか恥ずかしさからか、途切れ途切れになりながらも琥珀に叱る(怒ると言うには何かが足りない)と、慈竜は言いながら、ある事に気付いた。一旦高ぶる気持ちを落ち着かせ、そんな訳ないと心の中で否定しながらも尋ねる。

「……琥珀」
「おいよー?」
「先程……このお話を、弦士もご存知だとおっしゃいまし、た……」
「いえーす」

最後まで続かずに、琥珀が言葉を遮った。が、その遮った単語に、慈竜はたらいでも頭の上に落ちてきたような衝撃を感じた。

「なな、な……何をやっているのですか貴方はっ!!」

顔色が青に変わり、更に赤になって、先程より強い口調で叱る。本人の前で言うという事は、つまり、自分が変態ですという事を、本人に言ってるような。ストーカーのターゲットに、ストーカーしてますと大胆告白をするような、もので。

しかし、琥珀はそれを聞いて、ばつの悪そうな表情になって、ぼりぼりと頭を掻いた。てっきり、あっけらかんとした顔で、別に良いじゃんと軽い言葉が返ってくると思ってた慈竜は、面食らった。

「それがさぁ、弦士さんの事だから、いつもみたいにキック食らうと思ったらさぁ……」

勘違い、されたんばいよ。
その、不満そうな声色で発せられたそれを、慈竜は一瞬理解出来なかった。混乱して、蚊の鳴くような声で、え?と聞き返してみると、琥珀はその目に慈竜の姿を映し、だから!と強く言いながら、まるで拗ねた子供のような顔をして、

「勘違いよ、カンチガイ!本当信じられないわ!こっちは勇気出して襲わせてって頼んだのによ!?きょっとーんとした表情になって『奇襲にならないだろう、それでは』よ!?」

と、どこからともなく出したハンカチを憎々しく噛み千切りながら言った。

まあそんなところも可愛いけどね!と何故か今度は胸を張ってふんぞり返る。本来なら、勇気を出す方向が違うとか、ついさっきまで拗ねてたくせにどうして今はそんな偉そうなのか、しかも弦士ではなく琥珀が、とかツッコんでいる慈竜だが、それよりも、話の中の弦士がそんな事を言った事に驚いていた。
確かに弦士は、時々無自覚にボケる。しかし、弦士も『そういう事』は知らない訳ではないはずだ。…………はず、だ。何せ、本人はれっきとした、そう、一応れっきとした高校2年生なのだから。
しかし、弦士だからもしかすると、という、小さな不安のような物が心にまとわりつく。常に武道に突き進む弦士の事だ、もしかすると『そういう事』に関してはピュアなのかもしれない。

弦士が、ピュア……。想像するだけでおかしな事になりそうであった。

気持ちが落ち込むと同時に、頭も項垂れた。
反対に、琥珀はどんどんヒートアップしている。青い目の中に、赤い炎が燃えるのが見えた。ぎゅっと力強く拳を握って熱弁している。

「これは由々しき事態ッスよ!!?そりゃピュアな弦士ちゃんも超絶壮絶可愛いッスけど!けど!今後俺の嫁になる者として、俺直々に教え込まなきゃ駄目だと思うんスよ!!」

ヒートアップし過ぎて、鼻から垂れている赤い液体にも気付かない事は、慈竜は気にしない事にした。
……と、そこで。慈竜は、琥珀の言う事に、明らかにおかしな点が見受けられたので、おもむろに口を開いた。







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2へ続きます









 

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