■ ノベルス ■

□きつね火の夜に
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第二章

 目の前を、最後尾の一列が通り過ぎていきました。秀は家の柱の陰からそっとそれを見送りますと、少し間をとって後ろからついて行きました。
 近づき過ぎると気付かれてしまうかもしれませんし、離れすぎると見失ってしまうかもしれないので慎重に距離をとります。とはいっても狐たちは、鐘を一つ鳴らすたびに二歩ずつ進むのですから、あまり心配することはありません。
 それにしても不思議なお面です。通りにはぽつん、ぽつんと街灯がついているだけなので足元もおぼつかないのですが、何故かあのお面だけはぼんやりと白く見えるのです。
「しかし、暑いな」
 秀はTシャツを指でつまんで、風を送りながら呟きました。団扇でも扇ぎながら、氷水に足を浸けたくなる暑さです。
 秀の家は、もうずっと後ろの方に小さくなっています。
 でも、秀だってなにも用意がない訳ではありませんでした。最近買ってもらったペンライトをポケットに忍ばせているのです。もう一つのポケットには予備の乾電池が入っています。なかなか抜かりがありません。
 しばらくして田んぼの横を通りました。
 この辺りはまだ田んぼがたくさん残っていて、ついこの間までは、夜になると蛙がゲコゲコとやかましく鳴いていました。最近はもっぱら秋の虫たちのコンサート会場になっていたのですが、今夜はどうしたことか近くを通り過ぎてもひっそりしています。
 まるで生き物がみんな死に絶えてしまったような気味の悪い静けさです。周囲の家々はみんな明かりが消えていますので、秀は自分以外の人間がいなくなってしまったように思われて、何とも言えない心細さを覚えるのでした。
「一体どこまで行くんだろう」
 さっきから、もう随分と歩いた気がします。暗がりに目が慣れてきたので、周りの様子が朧気ながらにも読み取れるようになってきたのですが、どうやら狐たちは町の外へ、外へと進んでいくようなのです。
 秀の家の前を過ぎてから一つ目の交差点を右に曲がって、小学校の前を通り、橋の上を通りますと、国道に突き当たります。そこから今度も道を右へ反れて、今は、川に沿った歩道を歩いているところです。
 もう、家もまばらになってきました。
(これはいよいよ怪しくなってきたぞ。引き返した方がよさそうだ)
 秀はそう思いましたが、何かに憑かれたように足は前へ進むことをやめません。勇んで後をつけだした時の気持ちは米粒ほどしか残っていませんし、暑さでかいた汗とは別の、氷のように冷たい汗が首の辺りを濡らしています。
 それなのに足は止まってくれないのです。空から誰かが見えない糸を垂らして、秀の足を操っているのでしょうか。
 国道のすぐ下を流れる川からは、絶えずどうどうと力強い水の音が聞こえてきます。
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