ウルトラマン闘牙

□第2話「夜は再び」
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防波堤の上に停めておいた自転車に乗って海岸沿いをひた走る。ペダルひと漕ぎに力がこもり、ふくらはぎの筋肉が膨張していくのが分かる。
この道路は車道と歩道との隔たりがないため、まことに危険だ。ついふらふらと景色に気をとられようものなら、たちまちに排気ガスを撒き散らす鉄の塊に吹っ飛ばされてしまう。
海の塩分に長年あてられたガードレールは茶色に変色していて、車道の中央線は所々禿げ落ちている。
黒ぐろと茂る松林、遠くで汽笛をあげるタンカー、背の高い博川大橋。周りの景色がビュンビュン通り過ぎていって、まるで自分が風になった気分だ。
ブォン…
黒い影がすぐ隣を過ぎていった。
「ひき逃げダンプ!暴力反対!」
危ない危ない。後少しであの世に旅立つところだった。まったく、国も変なところに高速道路なんか作るよりも、いい加減この道を拡張工事してくれればいいのに。
このまっすぐな道を20分も走れば、幅がぐんと広くなって県道に入る。博川大橋を渡って、きつめの坂を一気に下れば、家とビルのひしめく住宅街に直行する。
一つ目の交差点を左に曲がって郵便局を横切れば、ベランダや車庫がつきだして少しずんぐりむっくりした、二階建ての白壁の家が見えてくる。それが俺の家だ。
商店街までまっすぐ続く道と、さっき来た灯台に続く道、それに町のビル街へと続く道の三叉路が家の前に敷かれている。
ちなみにさっきの灯台のある砂浜の向こうには、俺の通っている「県立大宮高校」がある。正規の通学路もあるにはあるが、かなりの大回りになるから生徒の大半がこの道を使っている。
当然、交通量も多い。家の塀越しに聞こえる、車と車のすれ違う音が目覚ましになっているほどだ。
玄関周りには母の趣味のガーデニングで彩られている。
「あっ、隼人いま帰り?」
自転車のスタンドを立てたなり、正面の通りから聞き馴れた声がした。上機嫌なのかいつもより声が弾んでいる。
「ああ、ちょっと野暮用でな。それより美雪、部活で何かいいことあったろ?」
美雪には必要なことだけ話してある。大輔が今まで人知れず闘っていたことや、俺もその力を受け継いで変身したことなんかは、自分でも理解できていない分、いつか覚悟ができたら話そうと思っている。
大輔が本当に遠いところにいってしまったことだけでも壊れそうなほど泣いていたのに、これ以上美雪を悲しませたくない。せめて心の傷が癒えるまでの間は…
「やっぱり分かる?実はね」
何やら鞄の中をごそごそ探りだす。
「ジャーン!ついに新しいユニフォームが届いたのでした」
美雪が嬉しそうに取り出したのは、薄くオレンジがかっていて柔らかそうな布地のウェアだった。ナイキのロゴがまたイカす。
「みんなで選んだんだ。前のより絶対かわいいでしょ?」
可愛くても勝てないとしょうがないけどな。と、そんなことは口が滑っても言っちゃいけない。それに実際似合ってるし。
「いいんじゃないか?健康的な感じがして。可愛いのかどうかは別として、その…似合ってると思うぞ」
語尾の方は少し早口になってしまった。美雪は反応した。
「似合ってる…」
激しく反応した。ええい、もういい。
「そ、そういえば試合が近いんだったな。確かお前二番手だったろ?」
「う、うん。そうだよ」
美雪の頬はまだ赤い。
「今度は西高のやつらに負けんなよ」
腕を組んで挑発してみる。
「分かってるわよ。私が副キャプテンになったからには、絶対けちょんけちょんに負かしてやるんだから」
見事にのってきた。
美雪はソフトテニス部の中でも強い方で、幾度となく大きな大会で順位争いを経験している。中学の頃から培われてきた実力は伊達ではない。
「ほ〜、こりゃ楽しみだ」
「あ〜、信じてない。隼人こそ、いまだに元キャプテンに勝てない癖して」
くそ、痛いところついてくる。
「なんだと〜」
「なによ」
そんなにムキになるなって。
「もう、宿題教えてあげない!」
こういうとこが可愛いんだよなこいつは。昔からちっとも変わってない。安心して自分をさらけ出すことができるし、家族や他の友達に言えないようなことも美雪になら話せる。大輔に話せなくなってきてからは特に、お互い相談しあっている。
「それだけは勘弁して下さい」
美雪は愉快そうに笑いながら、いやですよ〜と軽やかに逃げ出した。肩まで伸びたストレートヘアの黒髪がさらりと微風になびく。
ひだまりの中で美雪がくるっと回ってみせると、いつも美雪がつけている柑橘系の香水の香りがした。
「あっ、この」
美雪は俺をからかうようにして、目の前をちょこまか逃げ回る。
大輔、俺の周りはいつも平和だよ。お前が命を賭けて守ってくれた、ばかでかい"幸せ"のおかげで。
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