■ ノベルス ■

□かげの住む家
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ある3人の登山者が道に迷った。



もうすぐ日も山に沈んでしまうので、途方にくれていると村らしい集落を見つけた。家々からは明かりが漏れていたし、おいしそうな匂いも漂ってきていた。そして、時おり聞こえてくる温かな笑い声。

しかしそんな中、登山者の中の1人が急に気分が悪い、とその場にうずくまってしまった。仲間の2人は、あと少しだからと励ましながら男に肩をかすと、なんとかある家の前まで辿り着いた。

家の扉を叩き、しばらくすると扉が開いて長い髪の女の人が出てきた。登山者の1人が、道に迷ってしまい困っている、一晩泊めさせてもらえないかと頼んだ。すると女の人は、肩をかりてかろうじて立っている男をちらっと見てから、相談してきますから少し待っていてくださいと言い残して、家の中に引っ込んだ。

中から一言二言ひかえめな話し声がしたかと思うと、間もなく女の人が出てきて登山者を中へ通した。
通された居間には、テーブルを囲んで家の主人らしき中年の男性と、5歳くらいの子供が椅子に座っていた。主人は、ちょうど今から夕食だったからと言い、快く3人は迎えられた。

他の2人は夕食を振舞われたが、気分の悪い男はそれどころではなく、布団の敷かれた部屋に通されて早々に横になった。男は、おいしそうな匂いと賑やかな話し声をうらやましく思いながらも、昼間の疲れも手伝ってすぐに眠ってしまった。

どれくらい時間が経ったのだろう。

男は、異様な寝苦しさで目をさました。熱帯夜のような濃い空気と暑さが、生き物のように渦巻いているようだった。男は全身汗びっしょりで、少し微熱もあるようだったが、気分の悪さはだいぶ治まっていた。とりあえず着替えようと思い、豆電球一つの暗がりの下で自分のリュックを探していると、ふとこの部屋には自分しかいないことに気がついた。敷かれた他の2つの布団には皺一つついていない。
腕時計を見てみると、十二時を境に東へ二つほど指針は進んでいた。
(まだ飲んでいるのか、しょうのないやつらだ)
男は冷やかしついでにトイレに行こうと、障子を開けて廊下へでていった。
案の定、さきほどの居間には明々と明かりがついていて、それが閉じた障子に4人の人影を映し出していた。トイレは居間の目の前にあった。加えて話し声もしたので、男は薮蛇にならないようにそっと障子を開けた。男は少し開けるとすぐに閉めた。そして、青くなって震え出した。

人はいなかった。

部屋には4人の人の形をした影が椅子に座っているだけだった。
男がその場から離れようとすると、ふいに後ろでドアの開く音がした。空気の動く気配がして、背中に電灯の明かりを感じる。かろうじて首だけ音のする方を振り向くと、開いたドアの電灯の明かりの中に子供のシルエットが立っていた。
「おじさん、トイレ空いたよ」
男はそのまま気を失った。


次に男が目をさますと、朝になっていた。
目に集中して差してくる日の光の意味を知るや、男は急いで自分の荷物だけをまとめると家をでた。家はそこら中が傷んで穴が開いている廃屋に変わっていた。ボロボロの廃村に背を向け、一目散に駆け出すと男は闇雲に山を降りていった。

後ろから自分を呼ぶ仲間の声が聞こえたが、男は決して振り返ろうとはしなかった。



あれ以来、男は2人を見ていない。
そして男もまた。

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