■ ノベルス ■
□紅い記憶
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その木はいつも青い葉を茂らしてくれていた
かたい岩肌のような体でゴツゴツしているけれど、そのくせ風のある日は気持ちのいい葉音をきかせてくれていた
夏には涼しい日陰を作り、秋には落ち葉のクッションを落とし、冬には一緒に凍えてくれた
そして春になると何ごともなかったかのように新しい芽が僕らを迎えてくれた
今日は朝から生憎の雨
木は葉先をしっとりと湿らせて枝をしならせていた
僕が帰る頃、雨はすっかり上がってきた
その代わり空には錆色が広がり、終末の漂う灰色と焦げ茶と黒が世界を彩っていた
まるで怪奇だ
木の立っている場所に帰るとそこには違和感があった
胸に風穴が開いたようだった
木はなくなっていた
木のいた場所に近付くと、そこには丸い切り株があった
切り株の切られた部分は赤い色をしていた
気のせいではなかった
僕には木の流した赤い血の涙が見えた
心は静かだった
静かすぎて怖いくらいだった
なぜなのかと考えた