■ ノベルス ■

□きつね火の夜に
4ページ/10ページ

 ちりーん、ちりーん…
 その合間を縫って、あの物悲しい音が響いてきます。それはそんなに耳障りな音でもないのに、だんだん耳に染み付いて頭から離れなくなってきました。
 鐘を棒で叩いて出た音は、しばらく鳴って響きながらやがて小さくなっていきます。そして、その音が聴こえるか聴こえないかの間にまた鐘が鳴らされる、といった具合で金はいつまでも鳴り続けるのでした。
 ガードレールの上から覗く、川の対岸の赤茶けた街灯の明かりがとても懐かしいような気がします。
 狐たちはとうとう国道を反れて、民家が一二軒建っているだけの寂れた農道に入っていきました。ここまで来ると、もう僅かな明かりもありませんので、秀はペンライトを取り出して、足元を照らさなければなりませんでした。
 スイッチを入れますと、蛍の光のような可愛らしい光の輪っ架が、暗い足元に灯りました。丸く小さな光が当たった所だけが昼間の姿をしています。
 秀は、農道が続いている山を見上げました。
 昼間はこんもりと樫の木が茂った感じのよい山なのですが、今はみんな夜の黒い輪郭に飲み込まれています。
 砂利の農道は始めこそ道幅があったのですが、もう子供がやっとすれ違えるほどに狭くなって、道の両端の草は秀の足を絡め取ろうとばかりに伸びています。そして、間もなく道と言えるような道は消え、雑草ばかりで足場のない、まったくの獣道に入っていきました。
 秀は、もう考える気力も失せたようで、草の上を舐めていく光の輪を見ながら、ただ機械的に足を動かしています。道はだんだんと上り道になっていくようでした。
 狐たちの頭が上下しながら空に近付いていくように見えますし、周りの木々は時折、枝をざわつかせては秀の不安を煽り立てていきます。前を行く狐たちの足取りは山道に入っても変わりませんが、さすがに生身の足には堪えてきました。
 腕の時計をペンライトに照らして見ますと、針は00:16を指していました。いつもなら、秀はとっくに布団の中で熟睡している時間です。
「…遠くまで来ちゃったな」
 秀は山の中腹あたりの丘に立って、木々の根元から垣間見える温かな町の明かりを見渡しながら呟きました。それを見ていると、何故か突然堪らなく悲しくなりました。
 もう、お父さんやお母さんのいる所に帰れないんじゃないのか、こんな寂しい場所で一人ぼっちのまま生きていくことになりはしないかと不安が込み上げてきて、無性に胸が締め付けられるのでした。
 悪いことは続けて起こるものです。手に持っていたペンライトの灯りが弱々しくなりだしたかと思えば、急に点滅して消えてしまったのです。
「くそっ、くそっ」
 秀は怒りたいのか泣きたいのか分からずに、電池を取り替える作業に取り掛かりました。ほぼ手探りのまま電池を交換し終えた時には、秀の涙は乾いていました。
 うっすらと白く見える狐たちの行列は、ずっと遠く離れた山の上を行っています。秀はしばらく、黙ってそれを見上げていました。
 戻る道も分からなければ、進む道も分かりません。それでも秀は選びました。丘から見える町の明かりを背にして、木々と草むらが作り出す獣道に足を踏み出していきます。
 夜の森を進むということは、灯りの存在を期待できない暗闇に頭から突っ込んでいくということです。一歩先には崖があり、転落するかもしれません。
 秀はそれらをみんな覚悟した上で、ある決心を立てたのでした。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ