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先日、新羅から教えてもらったメールアドレスから、一件のメールが来た。



――今日、俺の家においで。





ピアノ、教えてあげる。
その誘いを、俺に断る理由はなかった。ピアノを教えてもらえる。それが嬉しかった。


新羅にそのことを話したら、静雄のこと気に入ってるみたいだね、と言われた。その人のことを気に入らなければ、ピアノを教えるようなことはしないらしい。

俺は地図に記された臨也の家へ向かった。




「…こりゃまたすげぇとこに住んでんなぁ…。」


地図を見ながら歩き続けて辿り着いたのは、高級そうなマンション。
こんなとこでピアノが弾けるのなら、部屋に防音加工でもしてあるのだろう。

俺の住んでるアパートとは比べ物にならねぇな。
そうため息をついて、マンションの中に足を踏み入れた。




『いらっしゃい。』


そう文面に打ち込まれた携帯を見せ、臨也は俺を歓迎した。
部屋は掃除がちゃんとされているのか、とても綺麗だった。リビングの端に、黒いグランドピアノが置かれ、手入れをした跡があった。


「…こんなすげぇの持ってんのか。」

『まぁね。』


そう、臨也は複雑な笑みを浮かべながら携帯に打ち込んだ。
その笑顔の理由は、俺にはわからなかった。


『で、今何の曲やってるんだっけ。』

「あぁ、これだ。楽譜持ってきた。」



俺が楽譜を手渡すと、さらさらとページをめくり、途中まで見ていくと側においてあったメモにこう記した。


『曲名から思ってたけど、この曲昔やったことあるよ。』


その言葉を見ると、なんだか自然と気持ちが高ぶった。
俺はすぐに臨也の顔を見ると、興奮した声で言った。



「っじゃあ、弾いてくれよ!お前なら、見本に相応しい演奏できんだろ?」


そう言われた臨也は赤い目をぱちくりさせ、困ったように笑うとペンを手にとった。


『でも、弾いたの大分前だから、いつもみたいに綺麗には弾けないよ?』

「それでもいい。」



その後もしばらく説得を続け、やっと臨也は首を縦に振った。




臨也はピアノの前に座ると、一度楽譜を確認すると鍵盤に指を乗せると、そっと演奏を始めた。

そこからは、なんて表現すればいいのかわからないが…、やっぱり臨也のピアノはすごかった。
あの細い指で、どう強弱をつけているのか不思議に思った。

臨也のピアノの演奏に、俺は引き込まれていた。一瞬時を忘れた。


静かに曲が終わり、俺は閉じていた目を開いた。


「…やっぱ、すげぇな。」


なにがだとでも言うように臨也は首を傾げる。


「やっぱお前のピアノはすげぇなってさ。何度聞いても引き込まれる。」


まだまだ追いつけそうにないな。

俺がそう言うと、臨也は少し笑って席を立ち、メモに何かを書き込むと俺にメモを差し出した。


『なに言ってるのさ。まだまだこれからだよ。さぁ、早く練習しよう?』



それを見た俺は臨也の目を見ると、臨也は「ね?」と言うように俺に笑いかけた。
その顔が、すこし可愛いとか思ったのは黙っておく。



『じゃあ始めようか。』


こうして臨也のピアノ教室が始まったのだった。






『えっと、ここはこう指使いを意識して、』

「こ、こうか?」

『そうそう。それでこうして…』


かれこれあれから、一時間弱が経った。なんというか、練習しているのに、どうしても臨也の指を追っていってしまう。

これじゃ練習にならない。自分でも呆れつつ、なんとか集中して次々書き込まれていくメモの文字を追った。


一通り練習を終え、臨也はふと時計を見て、ふう、と息をつきメモを再び手に取った。



『一旦、休憩しようか。一時間くらい続けてたし、疲れたでしょ?』

「ん?あ、あぁ。そうだな。」


俺の返事を確認すると、臨也は近くにあったソファーをとんとんと叩き「座って」と口を動かした。

俺は指示された通り、ソファーに座り臨也が戻るのを待った。


しばらくして、臨也が二人分の紅茶を持ち、一つを俺の前に置いた。
「サンキュ」と軽く礼を言うと、紅茶を啜った。


『あの曲さ、』

「ん?」

『シズちゃんが今やってるあの曲。俺が今まで弾いた曲で二番目に好きな曲なんだ。』

「…そうなのか。」

『ピアノだけでも綺麗なんだけどさ、ボーカルをつけると、ぐんと美しさが増すんだ。』


へぇ、と相槌を打っていると臨也は少し間を空け、一言書き足した。




『俺も、歌えたら良かったのに。』



それを見せた臨也の顔は、笑っているはずなのに、

泣きそうで、悲しそうで、苦しそうで。



どうしたと問いただす前に臨也はソファーから離れ、ピアノに向かいながらメモを見せた。


『ごめん。関係ないこと持ち出して。練習、再開しようか。』

「あ、あぁ。」



その後、また俺たちは練習を始めたが、俺は中々集中することが出来ず、何回もミスをした。
疲れているのだ、と臨也に言われたが、原因はわかりきっていた。



夕方、ようやく一通りのレッスンを終え、家路に着いた俺は注意事項がびっしりと書き足された楽譜を見つめながら、歩を進めた。




その日からしばらく、俺はあの時の臨也の顔を、忘れることが出来なかった。












*
久しぶりに更新…!
シリアスに持ち込みたかった。

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