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昔、テレビから自分の歌声が聞こえるのが当然だった頃があった。




あの時は、自分に自信を持っていられた。
大好きな歌で活躍できるのが、嬉しかった。

母さん達もいつも褒めてくれて、周りの大人も俺のことをすごいねって言ってくれていた。


あの時は、自分が世界の中心にいるような錯覚もした。




…違うと、

そんなものは幻想だったのだと気づいたのは、間もないことだったのだけれど。


――母さん!

――声がでない

――誰か助けて


――恐いよ…!








「…ん…、」


時刻6時。今日も朝がやってきた。
久しぶりに昔の夢を見てしまった。なんだか気分が良くない。

今日は大学に用はない。家でゆっくり読書とか、ピアノの練習をしようかと考えていたが…、


あんな夢を見てしまったんでは何をやるにも気持ちが削がれるな。

そう思い深いため息をつく。
たまに見る昔の夢。幸せだった生活に終止符が打たれたあの日のこと。

俺はなんとなく小さい頃の写真が入ったアルバムを棚から取り出して開いてみる。
小さかった自分。生き生きとした楽しそうな表情で歌を歌っている。

今の自分とは、正反対だ。
自嘲気味に笑う。昔の自分が羨ましくなった。

声が出ていた頃の写真はどれも笑っていた。無邪気に、子供らしく。
しかし、声を失ったあとの写真はどれも笑っていない。まるで生気を失ったかのように。
それほど、大切だった。歌うためには声が無ければ意味がない。生きがいを無くしたようなものだった。


それでも、自分を自分として保つために、俺はピアノを弾きはじめた。俺には、音楽しかなかったのだ。
正直、ピアノを弾いていてあまり楽しいとは思えない。ただ自分を自分として存在させるためにピアノを弾く。ただそれだけなのだから。




昔、新羅に言われたことがある。「昔の君は人間だった。でも今の君は、魂の抜けた抜け殻。まるで人形のようだ。」と。

まさに、その通りだとしか言いようが無かった。自分でも自覚していたから。
自分の、音楽に対しての執着にただ操られるままのマリオネットのようだと。





でも昨日、久しぶりにその俺に新しい光が差し込んだ気がした。

平和島、静雄。通称シズちゃん。
金髪にブラウンの瞳、俺と同い年にしては、高めの身長が特徴的だった。
見た目からすると、あまり音楽を好むタイプには見えなかったが、何となくわかる。
彼は真剣に、音楽の道を志しているのだろう。今までたくさんの人間を見てきた俺には、何となくではあるがわかった。



話したのはたった一瞬。顔を合わせたのも、わずかな時間だった。
そんなわずかな時間の中で、俺は彼に憧れを抱いた。
純粋なあの目が、羨ましかった。まるで、小さい頃歌を歌い始めた自分のようだった。


ピアノの腕がどれ程かどうかはしらない。まぁ、新羅が言っていた通りまだまだ駆け出しなのだから、腕はまだまだなのだろう。

でも、ピアノの腕なんてどうでもいい。
ただ、その瞳に憧れた。



今度大学へ言ったら、ピアノを教えてあげよう。
そう、俺は心から思った。

――少しでも、彼のことを知りたい。



俺は小さく心中で呟くと、ピアノの教本を手に取った。



















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ちょっと短めで臨也さんsideです!というかかなり短い…。
この臨也さんの過去を考えるのとても楽しいです←

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