200万HIT企画

□落花流水、つがいの至愛
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澄み切った水の流れ、若く生い茂る植物の豊富な色味、浄化されて清々しさを与える空気、真昼に登りつめる太陽の光は優しく温かく、また夜の月光は穏やかな美しさを湛えて眼下の自然を見守っている。この狩猟地の天候が大きく崩れる事は滅多にない故、常に安定した環境が整っていた。
ユクモ地方に存在する渓流の特徴を取り沙汰さればキリがない。緑が多い分狩人に重宝される蜂蜜も溢れ出ているし、調合材料に必要な昆虫と薬草、茸類も数多く揃っているのだ。
渓流を調達の場として、そして良き景観の一つとして絶賛する人間は五万と居よう。しかし、渓流の素晴らしさを『それだけ』と思いこんでいる者はまだまだ渓流の魅力を解りきっていないだろうと小型の草食獣達は頭を緩く振るう。


「レイア、手を」

「ありがとうレウス」


例えば、今目の前で手と手を取り合い微笑む火竜のつがい。
なだらかな平面が広がる渓流の大地には少々目立つ高さの段差にて、まず人型の火竜が先に下りる。その後同じく人型の雌火竜の方へと振り返り、人間の形をそのまま模した手の平を彼女に差し伸べた。
雌火竜はビリジアンの手袋に包まれた細い指を彼の手に乗せ、火竜の支えを受けた状態でその段差を軽やかに下りる。手袋と同色のロングドレスの裾がふわりと翻る様も、其々自身のカラーに染め上げたショールの靡き具合も、何でもない一挙一動の所作でさええも言われぬ神聖さを帯びていて眩しいと感じた。

渓流の魅力、何も景色だけでは無い。
人間達はきっと知らない。渓流に命を芽吹かせた生き物のみが、知っている。

この渓流には、自然の景観をも上回る程の優雅さと美しさを携えた仲睦まじき王者夫婦が存在している事を。




「本当、ジンオウガの粋な計らいに感謝しなくちゃ」

「そうだな。夫婦水入らずの時間…か、ジンオウガも気にしていたのだろう」

「今はすっかり大家族で賑やかになったものね。こうしてレウスと二人っきりでデートするのは確かに久し振りだわ」

「ここ最近はピクニックが頻繁であったからな」

「ふふふ、それはそれでとっても楽しいけれど。走り回ってる子供達を見ているといつまでも元気に伸び伸びとしていてもらいたいと思うの」

「今度、遺跡平原という場所に皆で遠出してみるか?聞く所によれば渓流の様に静かで見晴らしが良いようだ」

「あら、名案ね!じゃあ次のピクニックはそこにしましょ。新しい遊び場所が増えたらあの子達きっと大喜びよ」

「あぁそうしよう。気候も此処と同じく大体安定しているようだし、ウル達も暑がる事はないだろう」


リオレウスとリオレイアの二人きり。だと言うのに会話はいつの間にか我が子達の内容に変化していた。今度のお弁当はどんな物を作っていこうとか、水辺があるならば水遊びが出来るだろうとか、それではいつ頃が出掛け時だろうか等々…喜色を浮かべて交わされる両者の表情は実に満ち満ちている。

本日の渓流には人間の気配が無く、珍しくゆっくりとした歩調で歩む事が可能であった。
万が一狩人に遭遇したとしても一蹴出来る程の実力を兼ね備えているので狩猟される心配は殆どないのだが、折角長男のジンオウガが設けてくれた夫婦の時間に横槍を入れられるのは気持ちが良くない。せめてこういう日だけは穏便に経過して欲しいものだ。

リオレイアをエスコートした流れで指を絡ませ、離れない様にしっかりと握り締めるリオレウスの骨っぽい手を見遣ってまたリオレイアは朗笑する。
勿論リオレウスはそれに気が付いた。


「何故笑う?」

「貴方の手の握り方、変わらないなって」

「我の手の握り方?」

「こうして指を絡ませてくれるでしょう?しっかり握っててくれるけれど、絶対に私が嫌がらない位の絶妙な力加減で繋いでてくれるから」

「……あぁ、何だ、そんな事か」

「私にとっては『そんな事』っていう程小さくないわ。大事な事よ」

「余り強く握るとレイアの指が折れる。正直我としてはもっと確実な強さで握っていたいのだが、それでお前の指の形が崩れてしまっては本末転倒だ」

「あら、私そんなにひ弱な手じゃないわ」

「少なくとも我よりは細い」

「レウスと比較するとそれは…ねぇ?
王様の頼りがいのある手と私の手を比べてしまったら反論出来ないわ」

「レイアはいつまでもその細い指のままでいてくれ。その手で我と子供達を優しく導いてくれたら、我はそれ以上望まんさ」


お前の手に傷を付けたくはないんだ。と、空の王者が紡ぐと妻は嬉しそうに頬を染め、可愛らしくはにかんだ。
少しくすぐったそうに笑むその顔は未だに瑞々しく、しなやかさを欠いていない。いつまでも純美な雰囲気を保ち続ける彼女を見る度にリオレウスは心が温もりに満たされていくのをハッキリ感じていた。


「……でもねレウス」

「何だ?」

「私は貴方の妻よ?導くのも重要だろうけれど、私は貴方の隣に立って貴方と一緒に戦いたいの。そうして力を合わせて乗り越えていく事も私にとって重要なの」

「………」

「レウスは心配性よね。自惚れとかじゃなくて、私だって陸の女王…ちゃんと強いのよ。
貴方を支えられる位には力があるんだから」

「…愛する者には傷付いて欲しくないと思うのは、我の我が儘か?」

「愛する人と一緒の傷を負う事なんてちっとも怖くないわ。貴方を支えたいと思うのは私の我が儘かしら?」

「卑怯な物言いだ」

「レウスも同じよ、ずるいわ」


リオレウスの面持ちに影が落ちる。その感情は釈然としていない、納得はしていないと子供が臍を曲げるそれに近いものを感じる。
普段は王者の風格と威厳を無意識に維持しているリオレウス。同郷、ましてや年下の竜等を相手にこのような表情を露わにする事はまず有り得ない。口を僅かに尖らせる事だってあるのよとジンオウガに教えたならば、彼は面白い程驚愕するだろう。
常に威風堂々、背筋を伸ばした姿が凛としている王者には結びつかない筈。

彼がそんな態度をふと見せてしまうのは、伴侶であるリオレイアの前だけだ。


「…なれば、お前が戦いの場に出ないよう我は善処しよう」

「出来るかしら?私は貴方の危機なら何処へでも飛んで行ける気構えだから」

「我が危機に瀕する事は無い。だからレイアは何も気にするな」

「頑固者、ふふ」

「頑固で結構だ。我はどのつがいよりもレイアを幸せにするとお前の父母に誓ったのだ、多少強情でなければ実現も難しかろう」

「もう十分幸せだけどね」


私は全てに恵まれているものと、リオレイアは花が綻ぶように笑みを零した。
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