200万HIT企画

□海は空に想い駆け
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蒼みの鮮やかなマカライトと稀少価値の高いドラグライト鉱石がふんだんに散りばめられたネックレス、星の輝きを凝縮したような美しさを秘めたフルクライトのブローチ、純度と硬度が非常に高い故に湧き水彷彿とさせる透き通りを光らせるノヴァクリスタルの髪飾り…精巧装飾品を作る事を生業とする獣人族から貰った物や知り合いの竜から贈り物として受け取ったアクセサリーを床一杯に広げて、小さな乙女は可愛らしく悩んだ。

今日はどれを着けてあのヒトに会いに行こう?

尻尾のくびれを彩るユニオン鉱石のアンクレットは以前使用したので暫くはお休み、重量という負担が無くエメラルド色が素敵なレビテライトの角飾りをそろそろ着けてみようか。
これからの予定に想いを馳せ、楽しげに思案する愛娘の背中を微笑ましく見守る視線と心中複雑そうな視線が一つずつ。


「きんぎょ、貴女の白い身体には蒼や碧が良く似合うわ。私はその角飾りが綺麗だと思うけれど」

「きゅ?きゅるる?」

「そう、それ。大き過ぎないし貴女にはピッタリよ」

「きゅー!」

「ふふ、こっちにいらっしゃいな。落ちないようにしっかり着けてあげるから」


まだ薄い鰭でレビテライトの装飾品を持ちあげ、いそいそとリオレイアの元へと移動する。下半身が魚のそれなので、地上での動きはあまり俊敏ではない娘の身体をひょいと抱えて膝に乗せた。ひんやりとした温度が深緑色のドレスの上から伝わってくる。
じっとする娘の角を傷付けぬよう金具を連結させてズレ落ちない事を確認、細く削られた鉱石同士がしゃらりと触れ鳴る音はまるで鈴を思わせる心地良さだ。

「出来たわよ」とリオレイアが告げれば彼女は感謝の言葉で返す。娘の張り切りに雌火竜はクスッと笑んで指で頬を優しくつついた。


「今日も頑張ってらっしゃいな、日が落ちる頃には帰ってくるのよ?」

「きゅーるるー!」

「そう、その意気。でも貴女は飾らなくても十分愛らしいわ。将来お化粧なんて必要ないんじゃないかしら?」

「きゅ?きゅるーきゅるるっ!」

「今からお洒落に興味津々なのね、女の子らしいわ」


娘のふわふわな襟巻を一頻り撫でると、そこに現れたのは息子のジンオウガだ。ぴょんぴょん跳ねた柔らかい癖毛を揺らす彼の腕には既に双子のウルクススが抱っこされている。


「じゃあレイアさん、レウスさん、ぼくこの子達預けてきますね」

「お願いするわジンオウガ。何だか気を使わせちゃってごめんなさいね?」

「良いんですよー!夫婦水入らずの時間ってとっても大事じゃないですか!いつもこの子達の面倒見てくれてますし、今日はお二人でゆっくりデートしてきて下さい!」

「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうわ。ね?レウス?」

「あぁ、孝行息子を持って今我は眼頭が熱い」

「そんな大層な事は出来てない気がするんですけど…!アイルーはイビルがいるから大丈夫ですし、ウル達はバギィ達と遊びたいみたいですし」

「イビルが倒れてる気がするって言ってこんがり肉を持って出ていったけれど…アイルー齧られてないかしら…」

「齧っていたら我が火球を見舞ってやる」

「(……割と頻繁に齧られてるのは言わない方がいいね…)」


あはは、と渇いた笑いで誤魔化しきれたかは解らない。
お昼寝に勤しもうとしたアイルーが突然「…イビルがまたみちでたおれてるよかんがするニャ…」と一言呟き、即席で調理して貰ったこんがり肉を手に自宅を出発したのはついさっきの事。あれだけ恐暴竜にカツアゲじみた事をされているのにも関わらず気にしてやれると言うのは、あの年齢ではそう出来ない事である。

アイルーはイビルジョーの所にいるだろうから安全だとして、ならば本日は他の子供達も誰かに任せて火竜夫妻の時間を作ってあげようと決めたのだ。
いつもは本当の我が子のように子供達の世話を甲斐甲斐しくみてくれる二人だが、時には夫婦の絆を改めて深める休息も見つけなくては。思い立ったのはジンオウガだった。
自宅には家政婦の小型ヤマツカミもいるし、彼女は万能を超越した万能さを誇っているので子供の面倒を見ながら家事を全て完璧にこなすのは造作も無い筈。
しかし彼女にも彼女なりの休憩が必要だと感じた雷狼竜はヤマツカミに「今日一日位はゆっくりしてて下さい」と言い、子供達をそれぞれ信頼出来る竜達の元へと預ける事にした。

ウルクスス双子は故郷の凍土に生息するバギィ達ととても仲良しなので、行くならばそこに行きたいと主張していた。姉のウル1に関してはベリオロスにも会いたいのだろう。
バギィの首領格であるドスバギィは懐が深いし年下の面倒見が非常に良いので、子守りを頼まれれば二つ返事で了承してくれる。
…そこにギギネブラが変な介入をしていなければ、の前提になるが。

ジンオウガ自身は親友のナルガクルガの顔を見に行こうという予定だ。苛烈な迅竜を小動物達は物凄く嫌っているので、この子達を同行させるなんて以ての外である。
ついでにナルガクルガも小動物が大嫌いなので、鉢合ったら確実に乱闘が発生する。それは避けねばなるまい。

そして末っ子のナバルデウスこときんぎょは…言わずもがな。


「それじゃあぼく行ってきますね、レウスさんとレイアさん、お気をつけて!」

「えぇ、ジンオウガも怪我しちゃ駄目よ」

「ナルガに殴られた時は電撃の一つでもくれてやるのだぞ」

「が、頑張ります…出来たら…!ヤマツさんもしっかり休んで下さいね、いっつもフル稼働なんですから!」

『御心遣い大変痛み入ります、ジンオウガ様』


大きめの箒を触手で器用に操り、ジンオウガに一礼をするヤマツカミ。
兎と魚をその腕に抱えて外へと繰り出した息子の背中をいつまでも見ていた火竜夫妻だが、彼の碧色が視界から完全に消えた瞬間リオレウスが大きな溜め息を吐いた。何処か釈然としない重さを感じさせる。
夫の行動にリオレイアは苦笑を浮かべた。


「もう、可愛い子供の恋愛は親として応援しなきゃ駄目じゃないレウス」

「……我はまだ認めんぞ…ジンオウガやウル2が嫁を連れてくるのならばまだしも…!」

「娘がお婿さん見付けるのは許せない?」

「許す許さんの問題では無い。交際するならばまず我と戦い、我に勝たねば認めん!」

「結局許してないじゃないの。娘の婚期が遅れたらどうするのよ」

「うっ…」

「それに相手は古龍よ?万が一戦う流れになったら幾ら空の王者の貴方でも苦戦するでしょう?あちらはレウスより四倍程も年上だし」

「年上だの古龍だの、我にとっては些事だ。我に重要なのは『娘に相応しいか否か』のみ」

「親馬鹿ねぇ」

「その言葉、そっくりそのままレイアに返そう」

「私は息子娘の恋愛は応援する方だもの」


暴走した挙句嵐の古龍を蹴り上げたり爆炎を撒き散らしたりしないわ、と、ちょっと付け足すとリオレウスはバツが悪そうに口元を歪めた。そんな表情も可愛いと思ったのは王の妻のみが知る。

リオレイアはふわりと相好を崩し、愛すべき旦那の腕に己の腕を巻き付かせた。


「さぁ、私達もデートを楽しみましょう?子供の粋な計らいを無駄にしちゃ駄目だわ」

「……そう、だな。思えばレイアと二人きりというのも久方ぶりだ」

「お姫様の様に沢山甘やかしてくれるかしら?」

「お前が望む以上に」

「あら、嬉しい」


視線を合わせて口元を綻ばせる。
夫婦という愛情深さも伺え、同時に恋人同士にも思える若々しさを垣間見せるこの二人は生き死にの選定が非常にシビアな自然界の中ではとても稀有な物だろう。清濁併せのみながらも純粋であり続ける事の難しさを、ヤマツカミは熟知していた。

この方々のこうしたお姿を永劫見守る事が出来たならば、それはきっと自分自身の至福に繋がる。
そう確信している浮岳龍は目の前にいる仲睦まじき王者夫妻の映像を留めようと紙と筆記用具を引っ張り出し、凄まじい速さでスケッチを取り始めたのだった。

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