100万hit企画

□この胸に恋う
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今日程のチャンスは早々ありはしないとナルガクルガは思った。

四六時中と言っても過言では無い位彼女にくっついている忌まわしき小動物の軍勢だとか、何かがあると三秒未満ですっ飛んできて爆炎を吐き散らす娘馬鹿な火竜も、何よりも一番邪魔で鬱陶しくて喧しい騒音製造器の轟竜が揃いも揃ってこの場に居ないのだ。これをチャンスと言わずに何と言おうか。
毎度毎度駄目になる、又は駄目にしてしまう好機を利用しない手はない。


「ナルガ、どうしたの?眉間の皺三割増しだけど…」

「あ゙?…んな事ねぇし」

「も、もしかして私と居るの嫌とか!? ベリと一緒が良かったとか!!?」

「誰もそうは言ってねぇだろうがボケ女!! つか今ベリの名前出すんじゃねぇ!!腹が立つ!!!」

「腹が立つ!? ナルガってベリと喧嘩してたの!?」

「してねぇ!! うるせぇ!!」

ゴチンッ!

「痛ぁ!!」

「けっ。ざまぁ」

「り…理不尽過ぎる…!」


手加減無しの拳骨を落とされたジンオウガは真っ青な瞳に涙を溜めて激痛に耐えていたが、正直微妙に泣きたい心境はナルガクルガも同じだった。彼が泣くことは決して無いのだけれど。
自分の前で他の男の名前を出すな…という彼の気持ちは、きっとジンオウガにはちっとも伝わってはいないのだろう。

麗らかな昼下がりの渓流。
折角ベリオロスが気を利かせてジンオウガと二人きりになれたというのに、いざこうして誰にも妨害されない状況になってみるとさっぱり対応が解らなくなる。以前はそんな事は無かったのに、だ。
………まぁその当時はまだ自分はジンオウガに片想いをしていなかったから接し方は『親友』で十分事足りていたのだ。
弱肉強食の世界の中で生き抜く為に力を磨き、狩りを続け、沢山の生命を斬り伏してきた闇の暗殺者にとってジンオウガに対する感情は本当に初めてで影ながら苦悩と苦労を重ねている。

とにかく彼女に優しく出来ないのが最大の欠点だ。
何かがあればナルガクルガは直ぐにジンオウガを怒鳴り付けて手を上げる。
狩人に向ける殺気こそ含まないが、振り上げる手刀は大体全力投球だ。
自分の性格上粗野で暴力的なのは重々承知の上なのだけれど、それを言い訳にするのは格好がつかない。
何とかして力で訴えないように、若しくはきちんと加減をして軽めにど突くようにと思っているのだが、やはり長年染み付いた癖というのはちょっとやそっとじゃ抜け落ちない。
些細な事で殴ってはジンオウガは半べそをかき、リオレウスがナルガクルガに怒濤の説教をかます。そこでまた苛々が募り「テメェしっかりしやがれ!!」と言ってはジンオウガを殴るの悪循環だ。

一回真剣にベリオロスに相談したのだが、かの親友は物凄く嫌そうに「私に持ち掛けるな。巻き込むな。相談するな。気色悪い」とピシャリと言い切ってナルガクルガと大乱闘を繰り広げたのは、実はそう昔の事ではなかったりする。
紳士で名の知れたラオシャンロンの所に足を伸ばそうとも思ったのだが、頭の天辺から爪先まで柔和と穏やかさで形成されていそうな龍に訊いても恐らく身にはならないと判断した。
ラオシャンロンとナルガクルガでは根本の性格が違い過ぎる。

いつまでもこうではいずれティガレックスに先を越されてしまう。
彼もジンオウガを狙っているライバルだ、遅れを取る事は許されない。
チャンスを見付けた時に畳み掛けなければ初で鈍い彼女には解らない。
だからこそ自分は優しくしようと思うのだが……


「ナルガー、本当にどうしたの?さっきから全然喋んないよ?具合悪い?」

「何だテメェは俺が常日頃饒舌だって言いてぇのか?あ゙ぁ?具合が悪い?テメェのヘラヘラした笑い方がイラッと来る位だ」

「それは酷い!!」

「テメェは何でそんな阿呆みてぇに笑ってられんのかが甚だ不思議でしょうがねぇな」

「だって久し振りにナルガと二人きりで歩いてるんだもん。楽しいから笑うのは仕方無いよ」

「………………」

「ん?あれ?ナルガ?」

「………テメェはそんなこっぱずかしい事をよくもまぁぬけぬけと…」

「え、私恥ずかしい事何か言った?」

「…いや、良い。馬鹿の相手はマジで疲れる」

「そろそろ私本気で泣きそうだよ!!」


此方が心中で壮絶なる葛藤を行っているのに、この少女は不意に爆弾を投下してくるから困る。それも大樽爆弾Gをも凌ぐ凄まじい破壊力の奴だ。

二人きり…という事を彼女も少しは意識していたりするのだろうか。
それは『ナルガクルガ』だから楽しいと思ってくれているのだろうか。
少しも優しくなれない自分と居て『嬉しい』と感じてくれているのだろうか。
―――…そこに、期待を掛けても良いのだろうか。


「……おいジンオウガ」

「んー?何ナルガ?」

「テメェは、その…俺と居て…楽しいのか?」

「楽しいよ!」


訝しげな声色で問うてみれば、間髪入れずに返ってきたのは肯定する快活な声。
嘘も偽りも無い、まっさらな満面の笑みを向けられてナルガクルガは思わず隻眼を見開いた。
愛らしい笑顔を絶やさぬまま、ジンオウガは自分なりの言葉を紡いでいく。


「ナルガはちょっと怒りっぽいけど優しいじゃない」

「…俺を『ちょっと』と言い切った所は感嘆してやる……頭大丈夫かテメェ」

「大丈夫だよ!?」

「つーか優しいって何だ。俺はテメェに優しくした覚えはこれっぽっちもねぇ」

「あー…うーん…いや確かにナルガってすぐぶつからレウスさんみたいな感じは無いんだけど」

「あんな野郎と一緒にされて堪るか」

「でも、絶対に駆け付けてくれるもの」


私が子供の頃他の迅竜に苛められてた時も
上手く戦えなくてハンターに苦戦してた時も
怪我をして動けなくなった時も


「一番に私を見つけてくれるのは、ナルガだから」


ベリオロスでもリオレウスでもリオレイアでもなく。
誰よりも先に自分に寄り添ってくれるのは、いつだってナルガクルガだった。


「ちょっと怒りっぽいし、ぶつ時は全力だから凄く痛いし、怒鳴ったら耳に響くし、理不尽な事も一杯言われちゃうけど…それでもナルガは私に精一杯優しくしてくれるじゃない」


結構解りづらいんだけどね、と最後に茶化して言った台詞は彼女なりに照れ隠しのつもりだったのか。

頬を朱に染めてはにかんだジンオウガがとても可愛いと感じて、愛しくて、改めて『あぁ俺はコイツが好きなんだ』と実感した。
一昔前ならば色恋沙汰なんて下らない、と鼻で嗤って一蹴してしまう事だろう。
時間の無駄だと、単なる幻想だと言い捨てていたあの時とはまるで違う。


「…………ジンオウガ」


雷狼竜の少女と距離を詰め、彼女の頬に自分の武骨な手を添える。
触れ合った事で互いの体温が感じ取れるが、ジンオウガの方がほんの僅かに暖かい。じんわりと浸透してくるそれが何処か心地好いと思った時点でもう自分は末期だと悟った。


「(末期上等だ。コイツは絶対ぇ誰にもやらねぇ)」


間近になった顔と顔。
もう此処まで動かされたら止まる気は無い。押しの一手を決行するだけ。
悩むのはこの際後回しだ。

そしてジンオウガとナルガクルガとの距離が零になろうとした……刹那、何かの違和感を察してナルガクルガは素早く左目をとある方向の草むらへと定めた。

視力が乏しい迅竜の眼。
だがそんな隻眼でもはっきりと映ったのは、赤に黄緑にと派手な色をその身に着飾り草むらの中で此方を盗み見ている鳥竜だった。
嘴は非常に特徴的で、なんとラッパ状だ。

そんな鳥竜とナルガクルガは確かにバッチリ視線が交差した。
途端、鳥竜は喉からせり上がる興奮の鳴き声を必死に押さえ付けながらバタバタと慌ただしくその場から走り去ってしまった。
意識しなかった場所からの物音にやっと反応を示したジンオウガは盛大に肩を跳ねさせたが、一方のナルガクルガが物凄くまずかった。

握りしめた拳がぶるぶると震え、同時に両腕からバキバキと鱗が逆立ち皮膚を突き破ってバンッ!!と鋭いブレードが飛び出る。
彼の長いポニーテールの先からも鋭利な棘が幾つも剥き出しとなり、いつでも発射可能な状態。
恐ろしい効果音がついても良い位に強烈な殺気を垂れ流し始めたナルガクルガにジンオウガは恐々と声を掛けてみた。


「………な、ナルガー…」


瞬間、迅竜の隻眼が真紅に光った。



「クソペッコオオォォォーーーーーーッッ!!!!!」



きっと今盗み見た物を高笑いしながら吹聴しまくりに行ったのだろう。
あと一歩の所で邪魔をされたナルガクルガの激昂咆哮は渓流全土に響き渡り、迅竜の名に恥じぬ機動力をフル活用して直ぐ様彩鳥の後を追い掛けていった。









「…………あ、あれ…冗談……だったの、かな…」


ナルガクルガが消えてから暫くの後、ジンオウガはポツリと呟いた。
あの時ナルガクルガが自分に何をしようとしていたのか……あそこまで近付けられたら疎い彼女も解るというもの。


「いやぁ…でも、まさかね……」


そう言った彼女の顔が真っ赤になっていたことを知る者は、誰もいない。
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