100万hit企画

□繋ぐ手の平の温度
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繋いだ手から伝わるのは、誰しもその身に宿すじんわりとした暖かな体温。
底冷えする様な物は感じられない、ごくごく『普通』と取れる温度。


『金輪際、その龍とは関わりを持つな。
貴公の害にしかならぬ』


かの覇竜はかつて自分にそう警告してきた。
殆ど変わらぬ表情に確かな真剣さと心配する色を滲ませて、雷狼竜の真っ青な瞳をじっと見つめたのを今でも思い出せる。

けれど、それでも解らなかった。
あの龍の何が悪くて、何が良くなくて、何が害となるのかが彼にはどうしても理解出来なかった。


「ねぇジンオウガ」

「ん?」

「ジンオウガの手、暖かいね」

「君の手もあったかいよ!」

「そう」


ありがとう、と言って。
素直に喜んで嬉しそうに笑顔を綻ばせる漆黒の龍に釣られて、雷狼竜も相好を崩した。





場所は森丘。天気は快晴。
太陽の光を遮る鬱蒼とした密林地帯を避け、風通しと見晴らしが抜群の草原のど真ん中で雷狼竜は一人座り込んでいた。
いつも自分の後ろを可愛くついてくるアイルーの子供やウルクススの双子、幼いナバルデウスは揃って遊びに出掛けて行った。
リオレウスとリオレイアの番いは共に今日の食糧を調達しに飛び立った。
普段ならば単独になる時間は滅多に無いのだが、本日は周囲の様々な事情が重なってジンオウガは久方振りに一人となった。
親友のナルガクルガやベリオロスの姿も見えないが、当然彼等も彼等なりにやる事があるのだろうと思っている。


「……こうして一人でぼんやりする事も無かったなぁ…やっぱりぼくっていつも色んな竜と関わりながら生活してたんだ」


緩やかな風に乗せる様にのんびりと呟く。
気が付けば誰かしらが自分の隣に居る日常。それがほんの少しだけ違う今日は、何だか不思議に思えた。

照り付ける程の強さではなく、穏やかな暖かさで大地を見守る太陽。
視界に広がる綺麗な草原と陽光を受けてキラキラと輝きせせらぐ川。
自然の循環で浄化された空気は何処までも澄みきっていて優しい。
流れる景風は子守唄を歌っている様だ。
こんなにも素敵な光景を独り占めしているのは勿体無い気がしてきた。


「誰か誘ってこようかな。この天気なら夕暮れでもきっと綺麗だろうし!」


一人の時間を味わうのも良いが、やはり誰かと共に見て、感じて、感動するのも悪くない。
寧ろそちらの方が思い出になった時により鮮やかさが増すだろう。
思い立ったら吉日とばかりにジンオウガは腰を上げる。
さてじゃあ誰に声をかけようかな…と考え始めた時、ふと影が落ちてきた。
唐突に現れた気配へと視線を移す。


「ああ、ジンオウガ。ひさしぶりだね」


闇を思わせる一対の翼をバサリと羽ばたかせ、男女が判然としない『青年』はニコッと笑った。
濃い紫色の羽織物が軽やかに翻る。
その姿を見た途端、ジンオウガは喜色満面の表情で青年へ駆け寄っていく。


「うわぁ!本当にお久し振り!最近全然見掛けなかったけど、何かあったの?」

「何も。何もないよ。ジンオウガが気にすることは何一つないよ。だからアンシンして?
こうして逢えたことが僕凄くウレシイよ。ウレシイ、だってジンオウガが居るんだもの。ねぇ、ジンオウガはウレシイ?」

「嬉しいよ!良かった…もしかしたらハンターに狙われたのかなって……」

「ふふふ、ジンオウガは心配性だね。僕は狩人如きじゃ狩られないよ、狩れないもの。たかだか人間が僕を狩ろうなんて、エソラゴトも良い所だよ。
大丈夫。ジンオウガが居る限り僕は死なないよ、絶対にね。信じて?」

「う、うん…そっか」


ジンオウガの返答を聞くと青年は笑みを浮かべたままふわりと彼に抱き着いた。
突然の行動に一瞬慌てた雷狼竜だったが、その仕草がまるで弟か妹が目上の家族に甘えている様だと思えば赤面する事は無かった。
『ジンオウガ』という存在を抱擁で実感する青年の顔はとても穏やかで、あどけなく見える。
暫くした後、青年がジンオウガから離れるとジンオウガは微笑みながら口を開いた。


「ね、一緒に散歩しない?」

「さんぽ?」

「天気も良いし見晴らしも素敵でしょ?一人じゃ勿体無いから、一緒に散歩して楽しもうよ!」

「ジンオウガが誘ってくれるなら、良いよ」

「ありがとう!」

「ジンオウガ」

「なに?」

「アルバトリオン」

「え…?」

「僕の名前。下らない竜達が良くそう言ってるから、僕の名前はアルバトリオンって言うらしいよ。
ジンオウガは名前があった方が良いって言ってたよね?これからはアルバって呼んで?」

「アルバ…へぇ、アルバトリオンって言うんだ。格好いい名前だね!」

「ジンオウガの方が格好良くて綺麗だよ」

「き、綺麗かな……」

「綺麗だよ。何よりも」


うっすらと頬を染めて照れ臭く笑うジンオウガと柔らかく微笑するアルバトリオン。いつもならば虚無しか映らぬ深い紫苑の双眸は、今はしっかりとジンオウガを捉えている。
そしてジンオウガは、知りたかった青年の名前が漸く聞けた事を嬉しく感じていたのだった。




「ここら辺は小さな花が沢山咲いてるね。色とりどりで可愛いなぁ」

「はな?」

「花。ほら、足元に咲いてるこういう植物。
アルバは花って見たこと無いの?」

「無い。僕の知ってる場所はマグマと雷の嵐ばっかりだからはななんて少しも咲かない。見たこともないし聞いたこともない」

「……アルバが住んでる所って聞けば聞くほど変な場所だよね…何があるの?」

「地獄だから何もないよ。イキモノもショクブツも何にもない地獄。煩い無音と眩しい闇と狭い空がそこにあるだけ。あとは僕もそこに居るだけ」

「凄い矛盾……。寂しくないの?一人ぼっちって…」

「サビシイ?さぁ、どうなんだろう。目覚めた時からそうだったから良く解らないし、興味が無いから知らなくても良いかな。どうでも良いや。気にしない。
それに一人ぼっちなんかじゃないよ、こうしてジンオウガに逢える時があるから一人ぼっちじゃあない。
イキモノがいなくてもショクブツが咲いてなくても僕にはジンオウガさえ居ればそれで十分なんだよ。
僕は、シアワセだ」

「…ぼくにそんな大層な価値は無いと思うけど……」

「僕にとってジンオウガは『全て』だよ」

「あ、あはは……」


少しだけジンオウガの笑い声がひきつる。
時折無邪気に狂気染みた発言をしてくるアルバトリオンにどう返したら良いのか解らない。
永い時を独りで生きてきたアルバトリオンは見た目こそジンオウガと変わりは無いが、中身はきっとまだまだ幼いのだと思う。
言葉の意味に含まれる残虐さをイマイチ理解出来ていない子供――…ジンオウガにはそう見えてならない。

ならば自分が解る範囲で、教えられる物はきちんと教えてあげようと彼なりに考える。
足元で咲き誇る青い花を一輪摘み、少々細工を施してアルバトリオンの右の人差し指にそれをはめた。
ジンオウガが何をしたのかが察せず、アルバトリオンは首を傾げる。


「ジンオウガ、これは何?」

「花の指環!こうするともっと可愛いでしょ?」

「ゆびわ……ありがとうジンオウガ。凄くウレシイ」

「どういたしまして」


子アイルーやナバルデウスにこれをやってあげて喜んで貰ったのを思い出す。
時が経てば枯れてしまうけれど、アルバトリオンの白く長い指を飾るその青色はとても輝いていた。
小さな贈り物に目を細め、アルバトリオンは愛しそうに花の指環を見つめた。


「アルバ、次は川を見に行こうよ!色んな魚が一杯いるから!」

「うん、行こう。ジンオウガが連れていってくれるなら、何処までも」


自然と差し出した手に重なるアルバトリオンの白魚の様な手。
繋いだ手から伝わってくるのは、『生きている』という確かな温度。

いつかアカムトルムが言っていた。
『あの存在は良くない』
『絶対に関わるべき龍ではない』と。
他者を否定する事が滅多に無い彼の口からそんな言葉が出てくるなんて思えず、そしてそれ故真剣にジンオウガに訴えているのだという事は容易に伺い知れた。

だけど、と。


「ねぇジンオウガ」

「ん?」

「ジンオウガの手、暖かいね」

「君の手もあったかいよ!」

「そう」


だけど、アルバトリオンは決して悪い龍なんかでは無いと。
この暖かさが証明にならないだろうかと。
ジンオウガは細やかに思う。

手を握りしめるアルバトリオンが微笑む。
それはそれは裏表無く本当に嬉しそうに。

釣られてジンオウガも底抜けに明るい笑顔を見せ、アルバトリオンのその手を引いて駆け出して行った。
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