雑多

□それはそうとステーキが食べたい。
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雨の日はしんどい。
とにかくしんどい。

まず、濡れる。
濡れるから外に出たくない。
外に出たとして傘で手がふさがって邪魔すぎる。
サンダルの指と指の隙間に泥が入るのが気持ち悪い。

気持ち悪いのは家にいたとしても変わらない。
じめじめじとじと、湿気があちこちにまとわりついてる感覚が鬱陶しい。
気圧低すぎて頭が痛いのもまじ勘弁。
その上、今日みたいに朝から本降りになられたら、うるさくて堪らない。
昔、この辺もう少し家数が少なかった頃は、これにカエルの鳴き声が合わさってさらにヤバかったけど。

あと一番は寒い。寒すぎる。
夏なのに冬並みに寒くなるの本当なんなの。
こちとら半袖着てるんじゃボケ。冬服なんて押入れの奥だわ。

そういや前にもこんな真っ暗な雨の日があって、チビ太が狩りに来たこともあった…ああ、ダメ。
トラウマ思い出しちゃったじゃねーか雨ボケコラ殺す。

つーかこんな日にパチンコやらライブやらその他なんやら言って出かけてったあいつらクソ兄弟は何?ミミズか何か?

もう無理。本当に無理。
雨嫌いすぎ。

朝からこんなに戒められるんなら今夜はAランクの霜降りサーロインステーキでも食えるんじゃん?
むしろそうじゃないと幸せのバランス釣り合わないって。

「あぁ…もうステーキの味がする……」

「ステーキ!?食べれんの!?まじで!?」

チッ、出たよ雨以上にうるさい奴が。
いつの間にかめっちゃ隣に座って、めっちゃ耳元で騒いでる。

「十四松うるさい…今戒め中だから静かにして」
「あい!……一松兄さん戒めてんの?」
「戒められてんだよ…天気に」

一応音量控えめに対話してくれるらしいので、近くにあったスーパーのチラシの裏に適当なボールペンで絵を描く。
不幸の器と幸せの器。
前にもやった良いことと悪いことのバランス講座だ。

「…今日雨じゃん」
「うん。台風直撃」
「めっちゃ気落ちするじゃん」
「うん」
「特大級な不幸が今ふりかかってるわけ。最近特に幸せなことがあったわけでもないじゃん。過払いなんだよね。不幸過払い」
「不幸過払いとは」
「だからさ、もうそろそろ特大ハッピーなことが起こるはずなんだよ」
「おお」
「つまり…ちょっと待って」

話をしながら、絵に絵をつけたしていった。
悪いことの器にさらに四角い器を継ぎ足して、矢印を描いていいことの器に移し入れる。

最後にいいことの器の横にイコールを描いて、その先にステーキのと猫の絵を描いた。
絵心があるないはともかく、結構本気で。決して旨そうに描けてないけど。

「つまり今夜は最高。Aランク牛が食えるレベル」
「まじでぇっ!!?」
「うるさい」

「やったぁぁぁ!!Aランク!ステーキ!Aランク!ステーキ!ステーキ!!!素敵すぎるゥ!!!」
「よ〜しよしよしよしよし…」

興奮した十四松の喉をひとしきり撫でつける。
落ち着いた十四松の頭を小突いてから、床に寝そべった。
十四松も隣に転がる。

「頭痛いってのに」
「あはは、サーセン」
「…もうこれも戒めだと思えばいいや。ステーキ肉1人3枚かな」
「一松兄さんって前向きだよね。前向いてネガティブしてる」
「そういうおまえは言えばやめてくれるとか嘘。言われたことすぐ忘れて再開する」
「確かに」

外は相変わらずすごい雨が降っている。思いっきり窓をたたきつけてくる。
勢いもう洗車レベルだね。ほら、ガソリンスタンドの機械。ブラシみたいなのが回転するやつ。

「すげー嫌な天気。ステーキ日和だな」
「そだね〜。素振りする?」
「今日はいい」
「え〜しないのォ?」
「しない」
「へこみ〜」
「ってかおまえ出かけなかったの」
「さすがに」



―――コン



窓を叩く雨の音に別の音が混ざった。小さい音で、暇でもしてなきゃ聞き取れないような、別の何かが窓を叩く音だ。
十四松の方が気づくのが早く、おれがのんびりそっちを向く頃にはもう窓を開けていいた。

「兄さん。猫!」

雨粒と一緒に、猫が部屋に飛び込んできた。
普段からうちによく来る友達の一人。ここらじゃ一番美人の白猫。
猫は頭を震わし、濡れてぺちゃんこになった体毛から水気を飛ばした。そのまま一目散にこちらに向かってきて、体をこすりつけた。
床も服もびちゃびちゃにされる。

ついでに今の一連で十四松も濡れたせいで、十四松まで全身震わせる。もうこの部屋半分近く水浸し状態じゃん。

「雨宿りに来たのかな」
「…だとしたらすげー物好き」

雨宿りって行ったって、わざわざ二階の部屋の窓に登ってまで?
ここまで来る前にもっといろいろあったでしょ。
縁側とか物置とかの下とか。ほら、車の下にも結構猫いるよな。ああいうところとかあるんじゃないの?


「よし、じゃあ猫と遊ぼう」
「遊ぶの?」
「せっかく来てくれたんだから。オ・モ・テ・ナ・シ」
「じゃ、カラ松のグラサンでも探せばいいんじゃない」
「グラサン!」
「あ、その前によく拭いてやらないと」
「タオル一丁!ヘイお待ち!」

すぐにタオルが飛んできて、顔面にぶつかった。
これはたまたま部屋に畳んで置いてあったタオルだ。

トド松がいつも使ってる洗顔のタオルってこんな模様だった気がしないでもないけど。まあいいや、どうでも。

さっさとタオルを受け取って猫を拭いてやる。猫がタオルでもみくちゃにされている様を、十四松がやけにおとなしく佇んで見ていた。

「…何してんの?」
「次は僕!拭いて!」
「自分で拭きなよ」
「にゃあ」
「真似しても駄目」
「グルルルッ」
「それ猫じゃなくて犬」

十四松はタオルを取りに下の部屋へ降りていく。

猫の毛から、水っぽさは大体なくなったと思う。
だがもみくちゃに拭きまくるタオル地獄は、思いのほか猫のお気に召したらしい。手を止めるとすぐに擦りついて催促する。

「兄ーーーさああああああああーん!!!」

本日何度目かの大声が頭の中で木霊する。そのままドタドタと家中が振動する勢いの足音まで迫る。もういい加減にしろ。

「十四松!!」
「兄さん!!下!!!やばい!!!」

十四松に抱えられるようにしてやってきた縁側で、頭の痛みも忘れるほどのびっくり案件が広がっていた。

ってかこれ見たことある。すっごい見たことある。前に神松が来た時の、あの…

「まじかっ」
「やばい!縁側に猫大量発生!みんな避難所松兄さんに雨宿りしにきたんだ!」

縁側にあふれるばかりの猫の山。
座って見上げていたり、窓ガラスを叩いたり、隙間に手を入れようとしたりして、それぞれの行動で中に入りたい意思を示している。外が暗いせいで眼光がギラギラ怖い。

「どうすんの?」
「…開けるしかなさそう」

恐る恐る引き戸の鍵を外し、ほんの数センチだけ隙間を広げた。

そこからは予想通りというか、あっという間に猫が雪崩れて縁側中がびっちょびちょのねこあつめと化した。
さすが恐るべし猫パワー。扉の隙間くらい簡単にすり抜けるし、すり抜けられられなくても無理やり広げられる。これだけたくさんいれば鍵さえ上げれば簡単に前回になる。

そんなこんなであっというまにおれは猫の海に呑まれ溺れてしまったのだった。

「兄さーーーん!!」

猫に視界を遮られる間際、おれが見たのはALS○Kのごとく壁に張り付いた十四松の姿だった。



…あいつ、一人で非難しやがった……。















目が覚めると、あたりが少し明るくなっていた。
窓の向こうのずっと遠くの方で、灰色の雲の隙間から金色の光が薄く伸びている。雨はやんでいるようだ。

夕方か。いつの間にそんな時間。
猫津波に呑まれたときは昼前くらいの時間だったのに。

身体にかかったブランケットを剥がす。腹に猫が乗っていたみたいで、おれが起きると慌てて逃げてしまった。

猫はまだたくさんいた。気を失う前と変わらず、おれの周りに固まっている。何匹か起きてるみたいだけど、大体の猫も一緒になって寝ていたらしい。
どうやら全員綺麗に拭かれているようで、どいつも幸せそうな顔で、もふもふになった毛にうずくまって目を閉じている。

「十四松?」

寝起きで混乱気味の中、とりあえず十四松を呼びかける。
すぐ側に見つけた。おれの隣の、猫の塊。よく見るとその中に十四松の顔が埋められていた。
何とか猫たちをどかして、スヤスヤと寝息を立てている十四松を揺さぶる。

「十四松。おい十四松」
「う〜ん………」

十四松は呻りながら伸びをすると、カッと目を見開いた。
大声で挨拶をしようとする十四松の口を慌てて抑え込んだ。

「むごっ」
「猫がいるんだから騒がない」
「……あいっ」
「…猫たち、すごいもふもふになってんだけど。これ、十四松がやったの?」
「そうだよ!」
「全員拭いたの?この数を一人で?」
「一松兄さん死んでたからね!」

十四松曰く、おれが気を失っている間に猫たち全員を分裂して手当たり次第に拭いたり、ドライヤーにかけたり世話をした他、家中の濡れた個所も雑巾がけしたとのこと。ついでに家が濡れたことで母さんからのお叱りも一人で聞いておいてくれたそうだ。

「まじか…なんかごめん」
「大丈夫!報酬は兄さんの分の昼飯いただきました!」
「…………………そう」

昼飯を食い損ねたことに不満は残るが、ありえない数の猫を一人で世話して、家の掃除まで何とかしてくれたのだから、不問にしといてやろう。


「…でも猫津波の時一人で逃げたのわすれてねぇから」
「ボゥエッ」

とりあえず目潰しで勘弁してやる。



猫は最初に見た時よりも少し減っているようにも見える。おれたちが寝ている間に、それぞれ帰ったり好きなところに行ったのだろう。

「でもなんだかんだ悪くなかったよ」
「何が?」
「猫に潰されて寝るの。気持ちよかった」
「まぁ、濡れてなければご褒美だよね」
「兄さんも途中から気持ちよさそうに寝てたよ」
「途中から猫濡れてなかったからね」
「僕を褒めて」
「ナイス」

日暮と共に猫たちの数も疎らになっていく。
外の空気はまだ若干湿っぽく、体温にじっとりとまとわりつく。そこに風が吹き込むと、それだけですごく気分がよくなる。

この瞬間、こういう光景、嫌じゃない。


「ただいまーっ」

声が重なって聞こえた。ひとつは母さんの声。もう一つはおそ松兄さんの声だ。

「あ、一松と十四松じゃん。何?猫すげー数!」

おそ松兄さんの方はすぐに縁側の傍まで来て、おれたちに声をかけてくる。玄関で母さんが「靴を並べなさい」と文句を言っているが、このクソ長男は安定の知らんぷりだ。

「ね〜聞いてよ!帰る途中で母さんと鉢合わせしちゃってさ〜。俺今日の新台で金全部すって傷心中だってのに、夕飯の買い出し付き合うはめになっちゃったんだよね〜」





大好きな猫に囲まれて幸せな昼寝で不幸過払いを取り戻したこの日の夕飯はゴーヤチャンプル。
Aランクの霜降りサーロインステーキは夢と消えたのだった。



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