雑多

□野路菊
2ページ/2ページ

早緑

〈お母さんへ

私の鞄を開け、この手紙を見つけた頃には、私はもう、既に消えている予定です。お母さんをはじめとした家族の皆には突然のことで申し訳ないと思ったので、手紙を書くことにしました。いわゆる遺書ってやつだと思ってください。

遺書を書くのだから、なぜ自殺したのかを最初に書かなくてはならないんでしょうね。最初は隠したまま卒業しようと思っていたけど、私の心はもう卒業まで堪えられないところまできてしまったいようです。

きっかけは、今となってはわかりません。テスト成績でクラス委員長を抜いたことで目を付けられた気がします。他の子より少し、先生に良く言われやすいこともあると思います。或いは単純に、私のちょっとした反応が、あの人たちには滑稽でいいものだっただけなのかもしれません。
とにかく始まりは今年の5月の下旬、テスト返却から間もない時でした。
最初に数学のノートが消えました。私はいつも朝、机の中にその日使う教科書やノートといった教材を鞄から移していました。ノートや参考資料も1時間目が数学だったわけで、取り出しやすいよう一番上に重ねて入れたと記憶しています。その時ノートが最上にあったはずでしたが、それが少し離れた隙になくなっていたのです。
最初は私のうっかりだとまだ楽観的に思えました。机に入れ忘れてまだ鞄にある、違うならロッカー、どこかで落としたのなら公務員室前の落し物入れ、そこにもないならきっと家に置いてきた。少し焦って探し回りはしたものの、まだ深く考えることはしませんでした。
ノートはその日の帰り、下駄箱の中で紙屑の状態で見つかりました。

少なくともその頃は、クラスの中でも一部の人たちが、隠れて攻撃してきたにすぎませんでした。
それからも度々物を隠されたりしていくうちに、次第に私を睨んだり、足を引っ掛けてくるような直接的な攻撃も増えていき、一部の人たちが行ってきた嫌がらせは、少しずつ他のクラスメイトたちも気がつく程あからさまなものになっていきました。

漫画と一緒です。皆知らんぷりしていました。
それどころが一部の人たちに肩入れし、仲間に加わる人も増えました。集団が膨らむとさらに攻撃は派手に、尚かつ巧みになっていきます。
自己保身のために私を無視するというよりは、楽しんで私をひとりにする人たちの方が多くなったのです。

こうしてそれはエスカレートしていきました。
冒頭での通り、私は家族にも先生にもこのことは言えませんでした。それはきっと、私がこんな目に遭うのはお母さんや先生のせいだと、心のどこかで思っていたから。それを言ってしまったら、私の問題を本気で誰かの所為にしてしまいそうで、そうなるのが嫌で嫌で堪らなかったのです。私は、無責任な自分を認めたくはなかった。

そういう私の意地が、結果的に私自身を追い込んでいったのでしょう。
去年までは何もかも良かった。あんなに仲が良かった友達、合唱コンクールの入賞、そして初めてできた彼氏、きっと一生分の運を使い切ったと思うくらい、全部が素晴らしかったと今思えます。

気づいたら学校内で味方だと思える人は徒矢だけになっていました。だから徒矢にはもっと言えませんでした。徒矢は、笑う時の私が良いって言ってくれました。落ち込んでる私を見せることは絶対したくなかった。他の友達だった人たちのようにもなって欲しくなかった。
だから彼にわからないように、いつも彼のクラスまで足を運んだり、とにかく隠せる工夫をしてきました。徒矢が迎えに来る前に私が行けば、徒矢は教室内での私の様子を知らずに済みます。私のクラスが校舎の1番端っこだったのは幸いでした。

それでも、やっぱり隠し通すには無理がありました。いくら場面を見せないようにしても、私の精神的な部分は取り繕えません。日々テンションが下がっていく私の姿は、徒矢を不安にさせてしまったに違いありません。
自分といても楽しくないのかと訊ねた徒矢の顔が忘れられません。私はそれがショックで、ついムキになって、怒鳴って、言い合って、それきり今まで目も合わせなくなってしまいました。やっぱり私は意地っ張りです。

そして今日、クラスの女子に校舎裏で罵倒され、突き飛ばされました。その時に腕を思い切り引っぱられて地面にたたきつけられたので、その時にブレスレットが千切れてしまったのです。
お母さんにも何度か見せたはずです。私の彼が、最初にくれたものです。
薄暗い時間だったので、散らばった物はたった1つしか拾うことはできませんでした。いや、もう探す気すら起きませんでした。

私はもう無理です。これだけ落ち着いて手紙を書けていながら、頭の中ではずっと、全部やめにしようって、それしか考えられなくなっているのです。きっともう壊れてるんです。全部。このブレスレットと同じ。

いろいろ書きましたが、結局私が言いたいことは、家族や彼は何も悪くないということです。1人で解決できるなんて思いあがっていた私の傲慢、誰にも言わなかった私の怠惰、全てが全てあの人たちのせいという訳にはいきません。だから、変な風には思わないで。

お母さんにはこの手紙と、戸棚のアロマポットを、
おとうさんにはこれまで貯めた貯金を、
妹、若葉には欲しがっていた仔犬のポシェットと、小箱の中のアクセサリー全てを、
おばあちゃんとおじいちゃんには、ブランケットと中学の技術で作ったラジオを、残します。
他のものは好きにしてください。

徒矢にも何か残せたらよかったな。あのブレスレットがよかったかもしれない。もう、ないけど


End
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ