Evolvulus

□兄様のそっくりさん
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10月30日。ハロウィン直前の今日は、私の誕生日だ。

なのに…!

「兄様からメールが来ない……」


海外の大学で勉強中の、大好きな兄から、まだ誕生日のお祝いメールが届いていないのである。
ちなみに今は18時。授業はすっかり終わって部活のミーティングも終わったバリバリの放課後。

なんで?誕生日はいつも朝一番にメールをくれていたのに!

あの連絡には真面目な兄様が?
誕生日やクリスマスじゃなくても、なんてことない私の日常メッセージでさえいつも早い返信をくれる兄様が?
忙しくて返信がままならなくなりそうな時は、
そのことを先に教えておいてくれる兄様が?

「どうして…なんでおめでとうって言ってくれないの…?」

誕生日なのに…。

大好きな人たちに祝ってほしかったのに。
兄様は海外にいて連絡もなし。
草ちゃんは急な親戚の不幸があって他県に行ってしまったし。

草ちゃんに至っては人の命に関係することだからしょうがない。
ちゃんと謝ってくれたし、誕生日メッセージくれたもんね。

でも兄様は…。

「あーあ……ぼっち誕生日かぁ。つまんないの」

もういい。知らない。
そんなのはどうでもいいからショッピングセンターでお買い物をしちゃおう。

買うものは私の誕生日ケーキ。
それと、明日作るハロウィン風かぼちゃのケークサレの材料。





店内の正面入り口すぐの広場は、当然ながらハロウィンモチーフで溢れている。

『HAPPY HALLOWEEN フェス開催中! 各店頭にて対象商品20%off』と書かれたカラフルな横断幕がぶら下げられた先には、オレンジ色と紫色の飾りで彩られている。
案内所前おおきなオバケかぼちゃが設置されていて、重さ当ての投票箱と一緒に並べられている。

「すごーい、去年のかぼちゃよりずっと大きい!」

思わずスマホを取り出して、その見事なオバケかぼちゃを写真に納めた。


まるで人間の赤ちゃんでも入っているみたい。
メッセージで兄様と草ちゃんに見せてあげ――



「いや、兄様なんか知らないんだってば」


私は兄様に怒っているので、兄様には送ってあげません。
草ちゃんだけに送りマス!

…つい、いつものくせで兄様にまで送ろうとしてしまった。
私の怒りってこんなもの?そりゃ、子供っぽい些細な理由ではあるかもしれない、けど………。




ああもう、どうでもいいや!早くかぼちゃとか、色々買わなくちゃ。

気を取り直して、地下の食品売場に行こうとエスカレーターに乗った、その時。

二つ隣の、二回へ向かう上りエスカレーターに
、見慣れた姿があった。

長めの髪、背格好、明るいグレーのダッフルコート。

あの姿はまるで…。


「にいさま…?」


上に運ばれていくその男性、そして同じ速度で下っていく私。その人の姿はすぐに天井の向こうへ隠れて見えなくなった。

ありえない。海外にいるはずの兄様がここにいるはずない。
だけどあの後ろ姿。
僅かに目に映っただけの視覚情報しかないけど、ものすごく似ていた気がする。

エスカレーターを降りた私は、何度も何度も、さっきの人と兄様を頭の中で照らし合わせてはモヤモヤし続けた。

買い物かごを持っても。
良さそうなかぼちゃやチーズを選んでいても。
レジでお金を出す時も。
買った商品を袋詰めする間も。


嫌だな。怒りたいのに。
兄様のことずっと考えちゃって。


せっかくの楽しいお菓子の買い物も適当に済ませてしまった。

「ケーキの予約時間まで余裕できちゃったな」


時計は30分余った時刻を差していた。

ショッピングセンター内にテナント出店している『ポインセチア』のケーキは、このあたりでも特に大好きなケーキだ。
誕生日はここって決めている大好きなお店。

だからこそ早すぎる到着で店員さんを困らせるのは気が引ける。せめて10分前とかの方が愛想良いだろう。

……そういえば、夏に『ポインセチア』と同じ階にオープンしたカフェ、まだ行ったことなかったな。

「お茶して時間潰そ」









奇跡が起こった。



いや…奇跡なんて言う程良いものなのか、微妙だ。

今起こったことをざっくりと話そう。

私はカフェの真ん中にあるカウンター席でパンプキンラテを飲んで寛いでいた。
このカウンターは大きなテーブルの真ん中を造花の花畑で仕切られたデザインになっていて、向かいに座る人の手元が見えないようにされている。
ちなみにテーブル席は全部座られていた。

そんな中、なんとさっきの兄様のそっくりさんが来店してきたのだ。
ふと気づいた時にはカップを持って席を探し歩いていた。
エコバッグ(膨らみ具合からして、多分衣類が入っている)を腕に引っ提げた彼は、私の向かいにある空席に気づき、そこでカップを起き荷物とコートを下ろした。

そう、その人は私の目の前にいる。



もー、懲り懲りだよ。兄様のこと考えっぱなしじゃん!

とか思いつつ、気になってチラチラと見るのはやめられそうにない、残念な私。

勉強をしているのか、読書をしているのか。
仕切り越しのその人は、下を向いて何かを眺めている。


ああ、でもよく見たらやっぱり、ぜんぜん違う。


兄様と比べると、そっくりさんは髪が重たくて頭全体が分厚く見える。
そのせいか、髪に埋もれがちな目もどこか鋭くて険しく感じてしまう。いや、全体的に険しい顔つきかも。

兄様は違う。
兄様はもっと優しい顔をしていて、真顔をしていても微笑んでいるみたいに見える時がある。
髪はボリューム控えめだから伸ばしていてもすっきりしているし。
それにこの人よりも、もう少したれ目っぽい。

そもそも顔以前にまとっている雰囲気が別物…………。


「――何か?」

「あっ…」

やば、目があった。
じっと見すぎた。

「すみません。知ってる人かなって思ってつい」

顔色1つ変えず、無言で首だけの会釈をして、彼はまた下を向いた。

うん。どこも兄様と似てない。
いくら他人でも、兄様は愛想笑いができる余裕あるもんね。こんなに無愛想じゃない。



…なんだか少しがっかり。
でも、こんなの当たり前だよね。
全くそっくりな人なんているわけないもん。

がっかりついでに、兄様へのつまらない怒りも一気に馬鹿馬鹿しく感じてきた。
というか、最初からそんなに怒ってる気持ちなんてなくて、でも意地で無理矢理怒ってるって思い込みたかっただけ…だったんだけど。

それに、よく考えたら連絡に真面目な兄様が何も寄越さないってことは何か事情があったのかもしれない。

怒るんじゃなくて、心配すれば良かったんだな…私。

残ったラテを飲み干して、喫茶店を後にする。


「そうだ。さっきのオバケかぼちゃ、兄様に送っちゃお」


そうだよ。受信を待つより、私から送っちゃえばいい。

草ちゃんに送ったのと同じメッセージを兄様に向けて送信した。



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