Evolvulus

□厚く重い雲の向こう側は、
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「えーっと、っぴーばーすでー、とぅーみー。8月8日、18回目の俺の誕生日。
夏休みに生んでくれた両親に心から感謝して、一日好き勝手に生きてみせる。と、いうわけで今年は青花市コミュニティセンターの祭、『青花コミセン祭』に来た。小規模ながら様々な春夏秋冬ごとに祭や展示会が開かれるこの場所で、小さい頃は遊びに行くこともあった。

随分長いこと足が遠のいていたが、今回は偶然にも俺の誕生日と開催日が被っていたので、何かの縁だと思って面白くなった。
ボランティアスタッフの傘下に申し込むには充分な理由だ。それに、元からボランティア活動な好きな方だ。



屋外にはお祭りの定番・屋台が並んでいる。とはいえセンターの庭面積は広くないため、露店の数は10店にも満たない。それらはボール救いや輪投げなどといったゲーム系が多く、焼きそばやかき氷といった食料品はあるにはあるのだが非常に少ない。
そして室内は展示物や舞台を使った催し物が主な内容となっている。例えばこの地域の小学生が作成した福祉ポスターとか、どこかのクラブの工作とか。工作といえば、ちぎり絵の体験コーナーもあるんだっけ?



申込書の参加希望時間スペースで「一日中」に丸を付けていた俺は今、朝一で室内運動場のセッティングに携わっていた。
運動場は飲食OKの客席とパフォーマンスステージになる。俺たちボランティアの仕事は、それらを指定位置に並べていくことだ。
「床に赤い丸印を付けたガムテープを貼ってありますので、それを目安に設置していってください」
スタッフが運動場全体をぐるりと指差してそう言った。だだっ広い運動場にはまだ何もない。あるのは壁の一部に飾られた紅白幕と、土足で歩き回れるように床一面に貼られたビニールシート。そのビニールシートを繋ぎ合わせているガムテープのところどころに、赤いマーカーで〇がいくつも書かれているのが見て取れた。
「えーっと、犬尾さん、楠さん、猫田さん、灰原さんは、舞台の設置をお願いいたします」「あ、はい」「はい」「はいっす」「……」
今日のボランティア参加者は女性の人数が多いが、今呼ばれた俺を含む四人は全員男性だった。年も多分、俺と同じ中高生くらいではないだろうか。舞台関係は重くて大きいものが多いから、男手が必要ということか。
倉庫に4つほどあるステージ台を、二人組になって1つずつ倉庫から運び出し、それを4つ合わせて組み立てる。
一番体力がありそうなガタイのいい犬尾さんと猫田さん(どっちがどっちかはわからないけど)が、最初に1台持って行ったので、俺と楠さんは二人を見送った後で倉庫の中に入った。
「そっち持ってもらえますか?」
俺は楠さんに、そう声をかけた。すると楠さんは何も答えず、ぶすっとした表情のまま耳を掻いている。

(お、聞こえないふり)

倉庫には机や椅子を運び出す他のボランティアが数人いて、運び出す音や女性の声でそこそこ賑わっていた。だから、声を大きめにかけたんだ。決して聞こえない声のはずがない。

「……」
「…」

二度も同じ言葉を言う必要はない。彼が目を合わせるまで待ち続ける。努めて、笑顔で。

「…っす」

時間はかからなかった。何の反応もしない俺に対し、不気味と思ったらしい彼が、しぶしぶと手伝ってくれたのは。
ただ、運んでから組み立てるまでの間中、彼はずっとあからさまに不満そうな顔で下を見続けていた。ステージ台を組み立て終わった後も、時々大袈裟にため息をついて見せたり、何かぶつぶつと悪態らしい言葉を呟いたり。
俺も作業してるからずっと見てるわけじゃないけれど、見かける範囲では始終、ふてくされ続けていた。離れたところでぼーっと突っ立ってた、なんて姿もよく見つけた。文字通り「振られない仕事はしない」体だった。


「ねぇ、あの人ずっとあんな感じなんだけど…」「怖いよね…やる気ないのになんでボランティア来てるんだろ…」

ある二人組の女性がそんな陰口を言い合っていた。うっかり聞こえてしまったはずみで楠さんの方を見ると、ほとんど同じタイミングで楠さんが女性二人の方を睨みつけていた。

「…別に内申のため仕方なくですけど」
まじか、と思った。
言い返しちゃうんだ。ボッソリとした、でもはっきりと地を這うような声。相手の女子たちは完全に凍り付いてしまった。

面識のない相手の悪口を言う彼女らも悪かったが、直接返しちゃう彼もすごい。嫌々参加しているってことを全く隠す気がないんだ。
みっともない。



と同時に、羨ましいとも思えた。


綺麗事の範疇を超えて、醜く見えてでも、自分の好き嫌いだけで生きていけたら。後ろ指さされても、自分の気持ちを疑うこともせずに生きていけたら。
世間では『ありのままで素敵〜』みたいに言っているようで、実は日常で全然良くは思われないものじゃん。
…羨ましいよ、うん。


なんてね。







「作業、お疲れさまでした。これはボランティアの皆さんにおすそわけです。一人一本ずつどうぞ」
セッティングもほとんど終わった頃、スタッフがペットボトルのお茶を抱えて入ってきた。
「この後もお手伝いをして下さる方は、引き続き楽しいお祭りを開催できるようよろしくお願いいたします。ボランティア終了される方、大変助かりました、ありがとうございます。お時間に余裕があればどうぞお祭りを楽しんでいってください」
たまたまそのスタッフの一番近くにいた俺がペットボトルを受け取って、ボランティア参加者に回り配ることにした。すると他の人たちも一人二人、同じように行動していった。

「はい楠さん」「あ…ども」
あまりに不機嫌で誰も近づきたがらない楠さんには、俺からペットボトルを渡してあげることにした。

「楠さんは、この後も参加すんの?」「いや…もう帰るっす」「ふーん。どう?内申書、書けそうですか?」
はじめて彼がこちらを見た。なんで部外者がそんなこと訊いてくるわけ?って顔だろうか。
理由なんて特にない。暇つぶしだ。
「……んー……まぁ…」「思いつかないよねぇ」「っ」
まぁ、書けなんて無理な話だよな。俺も全く興味がないものはとことん目に映らないし。
何も感じないのに、「何か思ったこと」なんて、ねぇ?
図星をつかれて真っ赤になっている彼に、俺は余計なおせっかいを言った。

「俺のこと書いちゃえば?」「…え?」
「同じボランティアにものすごく気配りしてる人がいた、とかさ」「自分で言っちゃうんすか」「事実そうじゃない?無視されても怒らずに待っててあげたでしょう?」「う…っ」「あとこうして飲み物あげてますよ」「……………………アンガトーゴザーマス」
敢えて「態度が悪くて誰も近づかない君に」とは言わないであげた。
「だからさ、そういう…気を配る心?助け合う気持ち?みたいなのが大事なんだと気づきましたってさ。そーゆー風に書いていいんじゃないですかね。俺大体の作文そんなカンジだし」「その適当ってのが一番わかんねんですけど。んでもまぁ、参考にしてみますっす」
そう言って、ペットボトルの水をぐいと仰いだ。茶色い水が物が大泡を吹いて縮んでいく。












楠さんや半分くらいのボランティアが帰って、逆に後から入ってくる人もいて、そうやって人の入れ替えを眺めながらボランティア作業に勤しんだ。
総合案内所で入場者の数を数えたり、ステージの催し物のチラシを配ったり、ステージの進行として原稿を音読したり、演目中の写真撮影を任されたり、迷子を匿ったり。
祭は特に何の問題もなく進んでいった。
しいて問題があったと言えば、昼過ぎあたりから空が曇ってきたことくらいだ。『青花コミセン祭』は16時までの開催で、最後に外で花火代わりのシャボン玉を飛ばすのが恒例になっている。雨が降ってしまったら中止になるのでそれを危惧していたが、幸い重い雲が大粒を振り落とすことはなかった。



「お疲れさまでした」「お疲れさまでーす」
すべてが終わった帰り道。この季節にしては薄ら寒いほど気温が低く感じた。
この調子じゃ明日は雨だろうな…。

天気予報を見ようとスマホを開くと、親からメッセージが届いていた。通知を見ると昼過ぎ――ちょうど空の曇りが気になりだした頃の着信だったらしい。今日一日ろくにスマホを見なかったから、気づかなかった。

『お誕生日おめでとう^^
蓮司が欲しいって言ってたブランドのペン買ったよ今日はごちそう用意して待ってるらね!
ボランティア頑張って!』




厚く重い雲の向こう側は、どんなに美しいオレンジ色で輝いていることだろう。


…………。
帰りたくないな…。



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