Evolvulus
□親切なんだか雑なんだか。
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「今日7月14日は俺の誕生日です。
というわけでゲーム買って☆」
「ふざけんな」
俊明兄貴の家に行って誕プレをねだりにいったら、案の定秒で突き返された。
相変わらずケチくせぇ兄貴だ。たまのいとこの誕生日くらい、好きなもん買ってやろうとしてくれたっていいのに。
だがまぁ予想通りだ。
ゲーム機なんてわざわざ年の近いいとこにねだるなんて頭がおかしいだろうよ。わかってて言ってやったんだ。軽い冗談だろ。
「ーーだからって、代わりのプレゼントがこれかよ…」
確かにさっきの俺は頭がおかしかった。
だが今日の兄貴だって相当イカれてやがる。
馬鹿を承知でふてくされて見せた俺を閉め出しなから、兄貴がつきだしたもの。
それは、たった一枚ぽっちの500円玉だった。
「これで好きな菓子買ってこいって?いくらなんでもそこまでガキじゃねーよ」
しかし見てみると、年号が今年という、一番新しいピカピカの500円玉だ。
多分持ってる中で一番綺麗な小銭だったのだろう。親切なんだか雑なんだか。
兄貴のマンションを出ながら、なんとなしにコイントスして小銭を弄んだ。
親指で小銭を弾き飛ばしては手の甲に押し付け、宙を飛び回るそれが、夏の日差しでかキラキラ光り、やがて手の甲に押し付けられる。
何を賭けるでもなく表か裏か、退屈な運試しを二、三回繰り返すうちに、ふとコロッケが食いたいと思いたった。
駅の近くの精肉屋だったら、一番安くて100円、高くても450だかそこらへんだった気がする。
おお、じゃあこの500円使えんじゃん。
そんなわけで、自転車に乗った俺は、緩やかに目的地へと進んでいった。
誕プレにしてはちんけな500円をポケットに突っ込んで、もうすでに口の中はサクサクの衣と香ばしさで満たされたような気さえしながら。
走行中の道に小さな公園がある。入り口のところに置いてある自販機の前に、人が立っているのが見えた。
俺がその道に差し掛かった時から既にそこに立っていたその人物は、近くに来てもまだその場で財布片手に固まっている。
ここの自販機ってそんなに悩むような品揃えなのか?
なんて思いながら、横を通りすぎようとした矢先。
「わっわわっ」
すっとんきょうな声をあげる、その誰か。同時に、無数の小銭が道路上に散らばり飛んできて、道を塞がれかけた俺も一緒に倒れこんだ。
「いっってぇ〜」
「ご、ごめんなさい!怪我は……っ」
オロオロと小動物のように慌てながら、その人物は自転車のグリップに手を添えた。
倒れた自転車を起こそうとしているらしいが、持ち手の片方だけ引き上げたって自転車が拾えるわけがない。
それに…俺の片脚だってまだ倒れた自転車の上に乗っているんですけど。
「あー、大丈夫っす。擦りむいただけだし」
俺は地面に擦り付けた腕をさすりながら、自力で立ち上がり、自力で自転車を立たせた。
擦った傷は大きいく見えるが、薄皮が剥がれた程度で幸い血は出ていない。
多分脚にも軽く打撲してるが、面倒なので言わないでおいた。
ところで、口では大丈夫と取り繕った俺だが、その内心少しだけイラついていたりする。
楽しみにしていたコロッケまでの道を邪魔された歯痒さと、よりにもよって誕生日になんで怪我しなきゃいけないのかっていう恨めしさが、内側でブスブスと燻ってる感じ。
目の前にいる人物(おそらく男だと思うけど)が、背丈と顔つきから年下らしい上に、やけに小動物らしい顔をしているのが余計に癪に触る。
適当に会釈してさっさと立ち去りたかったが、数歩押し歩いた後ろで再び小銭がばらまかれる音がして、めちゃくちゃ気になって行けそうにもなかった。
(また落としてんのかよ…どんくさいやつだな)
仕方ないので小銭拾いを手伝ってやることにした。
この辺、住宅街で溝らしい溝は少ないから、手の届かない場所には転がっていなさそうだ。
「これで全部スか?」
「あ、はい。…多分…ごめんなさい、手伝わせてしまって…」
かき集めた小銭の塊を、相手の財布に流し込んだ。小銭入れに溜まって海のようになっていくそれらは、ほとんどが10円玉、5円玉、1円玉といった細かい金額の物ばかりだ。
「しっかしすげぇ小銭。よくこんな溜まりましたね」
「はぁ。すみません。その、コンビニのレジとかでよくモタモタしてしまうから、後ろに並んでる人とかすごく気になって。早くレジ譲らないとって思ってつい大きい金額渡してしてしまって…」
「なるほど?」
だからって、こんなに小銭ばっかり増えたら結局モタつくだけだろうになぁ。
兄貴なんかは、釣りを少なくなるようになるべく近い金額を出したいって言って、レジに並ぶ前から計算とか財布の準備とか済ませているらしい。
が、それにしたって会計が早い。守銭奴だし、自分の財布の中身なんかはしっかり覚えているんじゃないだろうか。
あ、俺はあんまりレジの混み具合とかは目の前の彼ほど気にしたことはなく、出せそうな小銭は適当に出しているんだけど。
ってか、財布もパンパンに膨らんでいるし、これではまた金落とすんじゃね?
なんなら財布ごと落としかねない。
「――そういや俺、今小銭崩そうと思ってたんデスよねぇ」
「え?」
「これ、この500円玉なんスけど。今見た限り結構小銭多いじゃないですか、あなた。
だから…なんてーか……両替、させてもらっていッスか」
ポケットから兄貴の500円玉を取り出して見せると、明らかに困惑した顔で、でもなんとかという様子で頷いた。
公園のベンチで査定した結果、兄貴の500円玉は
1円玉 5枚
5円玉 9枚
10円玉 15枚
50円玉 4枚
100円玉 1枚
に生まれ変わった。
本当は一番多かったのは1円玉だったのだが、さすがに1ケタ台の小銭を大量にもらう気にはなれなかった。
まぁ、良いじゃん別に。利益のない親切って難しいんだよな。
向こうの財布もちょっとはすっきりしたし。
「あ、あの、ありがとうございました。本当に本当に、ありがとうございましたっ」
去り際、あのオドオドした少年声がうざいくらい連呼した『ありがとう』が、まだしばらくエコーで聞こえるようだ。
……崩したいってのが嘘だって、気づかれてたかな?
どんくさそうな奴だったし、気づかないままでいてくれたらありがてーんだけど。
火照りやすい顔の熱を冷ますために、遠回りで自転車のスピードを上げた。
そうしてると、擦りむいた腕と打撲した足の痛みが、今になって思い出したようにじんじん鈍く痛みだすのだった。
そんなことより、そんなことよりもコロッケは、何を食おうか。