Evolvulus

□部活を終えた帰り道
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「お誕生日、おめでとうございます。姉さん」

天使が世界一生まれてきて良かったと思える瞬間を運んできた。










「…それで今日は朝からご機嫌だったんだね」

最高に素敵な一日の終わり。部活を終えた帰り道で、偶然間直さんと鉢合わせた。
今日は片付けの当番だったから合唱部のみんなとは帰れなかったし、同じ当番の子は帰り道が逆だったこともあり、流れ的に間直さんと二人で帰ることになった。
間直さんも占い同窓会での後片づけに時間がかかってしまったようだ。

「はは、遠目からでもわかってしまったか。もうね、最高。あの子のプレゼントね、今年は醤油皿くれたんだぁ。
醤油入れると絵が浮き上がってくる系のものなんだけど、形も花の形してて可愛くてさ〜。もう天才的センスじゃんっていう」
「へぇ可愛い。実用性も高くていいね」

間直さんとはクラスメイトなのだが、基本的につるむ面子が違うこともあって、なんとなく教室ではあまり関わらない。
でも一旦会話してみると親身な人で、いろいろな話がしやすい。

何より間直さんは菊花とも知り合いとのこと。
イコール彼女は菊花のかわいい自慢を聞いてくれる貴重な人物なのである。
これはいつも一緒にいる部活のメンバーではなかなかできないからね。

そういえば、ともう一人彼女の知り合いがいたことを思い出した。

あの入学式の日に一緒だった神谷陸斗くん。菊花に片想いをしているという、素晴らしく趣味の良いけど青少年だ。
一度尋問にかけてみたところ、悪い虫ではないことは認めるが、まだ安心はできない。
いい機会だ。間直さんから彼の情報を聞き出してみようか。

「…ところでさ、間直さん。神谷くんとも知り合いなんだっけね?」
「ああ、うん。陸斗とは幼馴染だよ」

幼馴染か。これは彼のことよりよく知るチャンスかも。

「菊花と同じクラスらしいじゃん?あんな出会いだったわけだし、ちょっと気になっててさ。どんな子なの?」

間直さんは一瞬きょとんとして、何かに気が付いたように苦笑いをした。

「――もしかして、菊花のことが…ってこと、知ってるの?」
「間直さんも聞いてる?」
「うん。陸斗に相談されてる。幼馴染びいきで言わせてもらうけど、いい子だよ。昔っからあわてん坊のおっちょこちょいだけどね」

あたしにとって菊花が妹分であるように、間直さんにとって神谷くんは弟みたいなものなのだろう。
こんなに良い人と幼馴染なんだ、神谷くんだって本当に良い人なのかもしれない。

「そうだなぁ…昔ね、小学五年生の頃だったかな。あんまり大声で言えないんだけど…」

道の端で立ち止まって、あたりを見回してから、耳打ちで続けられた。

「陸斗の妹がね、スカートを汚しちゃったことに気づかないで歩いてたことがあってね。
まだ陸斗以外誰も気づいてない状態だったみたいで。陸斗、私がたまたま通りかかるまで誰にも言わないまま、ずっと妹の後ろに立って隠してたの。
それで私が来たら、自分は気づいてないことにして、私が気づいた体で妹を助けてあげてくれって」

小学生というと、まだ来るようになって慣れない時期だろう。うっかり汚してしまったなんて知ったら恥ずかしくてたまらないはずだ。
それを神谷くんが自分で言わなかったのは、女の子にとって男の子からそれを言われるのが尚のこと恥ずかしいことだからだ。
それがたとえ家族だったとしても。

「陸斗、初恋だからね。あんな性格だから空回りしまくるんだろうけど。でも、デリカシーのない行動はしないよ」
「……ふーん」

なるほどねぇ…。

いい男じゃないか。素直にそう思えた。
あたしが菊花のことで問いただした際も、彼は『もっと笑顔がみてみたいです』と言ってみせた。
それでも、どうしても信用しがたい気持ちがあたしの中に残っていたのは、彼の口だけでは証拠不充分と思ったからだ。
本当にそう思ったのだが、単純にあたしが菊花を譲りたくない気持ちもある。
大好きな妹分が、誰かと恋をしてあたしとの時間が減るのが、それを考えるだけでも寂しい。

でも菊花には幸せになってほしい気持ちもある。矛盾だ。

今はただ、神谷陸斗をまた一つ信用できるようになった。それだけは確かだ。

気づいたら、あたしは鼻歌を歌っていた。

6月8日。夏は近い。日の出ている時間も随分長くなってきた。夜の深い青空が街の影を包んでいる。

「その歌、合唱部の?」
「ううん、軽音部の課題曲。

あっそういえば聞いて。うちのギターの子がさ、二人いるんだけど一人がさ――……」



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