Evolvulus

□あの子を傷つけないって言い切れる?
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どっか落ち着ける場所に行こうと思った。話し合うのにぴったりの場所に。
無難に考えるなら、カフェとかファーストフード店みたいな、何か飲み食いが出来るところがいい。個人的にはカラオケも捨てがたい。ぶっちゃけた話もしやすいし、何よりあたしが楽しい。

だけど、今回はそういう…なんというか、可愛い妹や部活仲間と駄弁るみたいなわちゃわちゃした感じじゃない。どちらかというと、今のあたしは真剣なのだ。
あと金がない。

となると、やっぱり学校の中で話をするべきなのだろう。
漫画とかだと、人目に触れづらい学校スポットがよく出てきて、そういうところで告白とかホラーな展開とかが待ち受けているものだ。
屋上は鍵がかかっている。理科準備室は埃っぽい。裏庭なんてものはない。
…この青花学園高等部校舎では、隠れて何かをするのは実に難しい。

「どこで話そうか?」
「俺に訊かれても……」
「んー。もう面倒くさいから教室でいいや!」
「えぇ…」

今、あたしが連れ歩いているのは一年生の男の子。あたしの妹――基、幼馴染の菊花と同じクラスで、神谷くんというらしい。
名前は菊花から聞くまで知らなかったが、お互いに面識がある。入学式の日、遅刻寸前だったあたしと菊花が道でぶつかった相手が彼だったのだ。

「あたしのこと覚えててくれたんだ〜。まぁ、ぶつかってきてゴミ袋に突っ込んだ女のことなんて忘れらんないか。…あ、君のこと引きずり回したりもしたっけ?」
「引きずりだなんてそんな!…むしろ、連れて行って下さってありがとうございますというか」

神谷くんは目を細めた。笑っているんだか呆れているんだか、曖昧でわからない顔だ。


お互い口数もそこそこのまま、とりあえず二年生の階でD組に辿り着いた。ラッキーなことに教室には誰もいなかった。

我が高校の教室は廊下に側している壁の上半分がガラス張りの造りになっていて、どの教室も見晴らしがとても良い。だからこのラッキーも一瞬で確認できるのは大変便利でありがたい。

「ほら、ここ。座って」

自分の席に横向きで座りながら、隣の席を指さして促す。
神谷くんは若干教室に入ることにすら戸惑って立ち往生していたようだが、この一言から忍者みたいにしてガチガチに舞い込んできた。

さて。とりあえず、ドリンク代わりにガムをプレゼントした。オモテナシは済んだ。本題に入ろう。

「ぶっちゃけなんだけど。菊花に恋しちゃったりしてない?」


ゴックン。

随分漫画的な嚥下音を聞いた。だいぶ大きな音で、彼は口に入れたばかりのガムを飲み込んでしまった。
慌てて咳込んではいるが、絶対もう手遅れだ。

しかし、なんてわかりやすい反応だろうか。面白すぎる。

笑いそうになったが、やっぱりあたしは真剣なのだ。

菊花は美人でおとなしいから、もし悪い虫にたからたら、どうなるかわからない。酷い男の下で菊花が悲しむのは絶対に嫌だ。
でもだからって無作法に男子生徒を追っ払っていたら、きっと菊花はいつまでも幸せになれない。

だからあたしは、この男が菊花に相応しいのかどうか審査しないといけないのである。


「……こ、恋っていうか…そんなわけじゃなくって、そういうつもりじゃなくって、ただ、いいなっていうか……」
「いいなって?」
「い、いいなっていうのはですね…」
「人が良い子ってこと?かわいい子ってこと?」
「それはどっちもです」
「他には?」
「ほ、他には…………」
「ヘイ」
「…ぅ」

…なんだかなぁ。煮え切らない男だ。
苛立ちを抑えきれず催促してしまうあたしもあたしなんだろうけど。

しかしあたしは、もう速攻で彼への興味をなくしかけていた。
手っ取り早く「菊花に近づくな」と言ってしまおうと考え始めていた。

「…ごめんなさい。テンパり過ぎました」

神谷クンは2〜3回深呼吸をした後、ようやく落ち着いた口調で答えた。

「先輩の言う通りです。水沢さんにのことを好きだと思ってます。…咄嗟に誤魔化すような言い方をしてしまってすみませんでした。



なんだ、ちゃんと言えるんじゃん。素直にそう思った。
だけど、自分の気持ちを正直に話しただけでは足りない。


「じゃあ、次ね。君は、君の好きな菊花をどうしたい?」
「どう、って…俺は普通に、仲良くなれたらって思ってますけど…。できればお、お付き合いとかして…みたいな」

お付き合い、ねぇ…。
まぁ恋してりゃそう思うのは当然なんだろうけどね。

「…これは小学校の3年生くらいの時だったかな。菊花に嫌がらせしまくるクソガキがいたんだよね。よくある好きな子をいじめるってやつらしいんだけど」
「……」
「酷いことになる前に収束できたみたいだし、本人も今ではトラウマには思っていないみたいだけどね。

…ようはさ、あたしはそういうのが一番心配なわけ。あの子を傷つけないって言い切れる?」

好きなら何をしたっていいわけがない。

菊花を意図的に傷つけるような人間は、菊花の選択肢に入ることさえ許さない。

「…なんて言ったらいいかな…」

ふと、神谷くんが呟く。考えるように目を閉じ、すぐにこちらを見上げた。迷いながらも誠実な目をして。

「同じクラスなんですけど。水沢さん、誰かといてもあんまり笑ったりとかしてないみたいで。もしかしてそのいじめが原因で?」
「あー…いや、それはあんまり関係はないと思う。もっと昔からああだったし。恥ずかしがり屋なんだよねぇ」
「それならよかった」

神谷くんの表情が少し綻んだ。


「…傷、つけたくないです。泣いたり怖がったりする顔の水沢さんよりも、もっと笑顔がみてみたいです」

できれば、その、一緒に笑えたら。

そう言われてしまったら、こっちこそなんて言ったらいいのやら。
だって、なんだそのイケメンな回答は。


あたしは胸キュン系のドラマでも観ているような気恥しさに襲われた。
あまりのむず痒さにせっかく作っていたシリアスな自分ももう限界。
上半身を机上にべったり雪崩れて、溜め込んだ空気を吐き出した。机が一部曇るさまを見て、何故かおかしくなって笑ってしまった。


「もういいや。合格。菊花へのアプローチ許可してさしあげます」
「え?許可って、あれ?そういうことだったんですか?」
「逆になんだと思ったの?」

おやおや。さっきまでのイケメンはどこへやら、また火を噴きそうな赤面してテンパっている神谷くん。

一度いいやつだと認識してしまうと、なかなかかわいいやつだ。
シャイ同士、仮に付き合うとしたらとても健全な関係を期待できるかもしれない。

「菊花言ってたよ。少し変わっているようだけど悪い人じゃないって」

普通に好印象ってだけだと思うけどね、今は。
あたしは菊花のお姉ちゃんとしてまだ真っ赤なままの神谷くんの顔に指を突きつけた。

「だーから、菊花があんたを彼氏にするかどうかは、今後の努力次第だよ。菊花にとってあたし以上に大切な存在になりたかったら、頑張んな」

たまになら、お姉ちゃんが相談に乗ったげる。



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