Evolvulus

□お説教よりはましだ
1ページ/1ページ

生徒会選挙なんて言っても、選挙らしいことなんて何もなかった。
秋に選挙を開始してその月のうちに就任、来年度の春から正式に申生徒会が活動をする仕組みなのだが…。
顔写真入りのポスターが貼られるなんてことも、道中での演説するなんてことも一切ない。
ただ全校集会で自己紹介を淡々とこなし、HRでアンケートを取ってもらう程度。

まあ一番の理由は、被るほどの立候補者が集まらなかったところによるんだけどね。
特に生徒会長の希望なんて、今年度はたった一人。そりゃ選挙にもならないわけだ。

そのひとりって言うのが俺なんだけどね。







「っくしゅん!!…ああ、失礼しました。花粉症なもので」

たまらず噴き出したくしゃみが、マイクに乗って体育館全体にハウリングする。
緊張した面持ちで座っている新入生の少年少女たちが一瞬ざわめく。奥の方で着席している保護者たちや、隅の方で伺っている教員や入学式委員の生徒たちも笑っている。

演台の両脇に飾られた豪華なフラワーアレンジメントが、花粉症である俺の鼻をくすぐる。

新生徒会長として最初の仕事である入学式挨拶が初っ端からグダグダになってしまった。
まぁなってしまったものは仕方がない。とりあえずいうべきことを全て言ってここから離れよう。

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。青花学園高等部にようこそ。生徒会長の灰原蓮司と申します。皆さんの中には中学部から進学された方、他の中学校から受験をして入学してこられた方等様々でしょう。境遇に違いはあれど、皆さんは――はっくちょん!」

耐えかねて再びくしゃみをしてしまった。途中からつい早口になり、声も裏声になりかけながら、何とか耐えようとしても無理だった。さすがにマイクの前で二回もくしゃみをしてしまうといたたまれなくなってくる。ざわめきが最初よりも鳴りを潜めていることが救いだ。

俺のくしゃみで多少場を和ませられたんだ。多少リラックスしやすくなったと考えればいい仕事をしたものだ。そう、自分に言い聞かせる。

「…たびたび失礼。……皆さんは境遇が違えど、今日この瞬間から分け隔てなく青花学園の生徒です。皆さん、どうぞ楽しくやっていきましょう」



語るべきことを語り、礼をして壇上を離れた。ここで話すべきことはあらかじめ手短にまとめていた。
こういうガチガチした集会を長々と続けるのは新入生の気持ち的にもよくない。俺自身、長く話をするのは好きじゃない。


「おつかれ様、会長」

司会が次のプログラムを語る片隅で、入学式実行委員の女子からねぎらいの言葉をいただいた。
あまり関わったことのない人だが、中学部からの進学組としてなんとなく顔は知っている。

確か、サリって名前の…………苗字が思い出せない。

「ありがとう…っくしゅ!」
「大丈夫?」

またもくしゃみを出してしまい、彼女から挨拶みたいな心配の声をかけられてしまった。
彼女は俺のくしゃみが気になっているのか、まじまじと俺の顔を覗き込んできた。

「…明日からはちゃんと薬を飲むようにするよ」
「薬、飲んでなかったんだ」

呆れたみたいに笑われてしまった。
もちろん薬を飲んで通学するつもりでいたのだが、買い置き忘れていて飲めないままになってしまったのだ。
おかげで鼻は痒いしくしゃみは出るし。それでも鼻詰まりや鼻水が出ていない分、まだ今日は良い方だ。



…ああ、眠い。


壇上で挨拶が終われば、俺の仕事はここまで。最後に校歌を歌うが、それまではここで立ち続けるだけだ。
うたた寝とは言わずとも、少しの間目をつむるくらい許されたい。
背筋を伸ばし、舞台の方に顔を更けて、一見きちんと佇んだ体制を維持したまま、瞳を閉じた。

そうしていると、校長や、顔くらいしか覚えてなさそうな偉い人の挨拶の声がやけに鮮明に感じる。それと誰かの咳払いも時々。

音だけの世界。この世界を渡り歩きながら、やがて意識は遠く眠りの世界に赴く。この過程が好きだ。やがて音さえも聞こえなくなり、光も闇も白も黒もない無意識の中に至る。できれば夢も見ず、何もない全てに身を委ねて……。




だけど、生憎ここは布団ではない。大人数が集まった体育館なのだ。そして俺の身体は床に伏せてすらいない。

残念だが本格的に眠る訳にはいかない。…残念だが。




ところで、理事長がグダグダ話や様々な人の生理現象のノイズに混ざって、別の気配を肌に感じるのだ。

気配なんてそこら中に転がっているような入学式で、こちら側に向けられた気配。視線、と言った方が正しいかもしれない。

先生に見られてるとかだったら、後で大目玉を食らうだろう。さしずめ「君は生徒会長になったんだから云々」と引き合いに出されてクドクドと。

…そうなったら少し面倒だ。
元々目は細い方(だと思う)し、「目が悪いんです」的な嘘をつけないものだろうか。



『校歌斉唱。皆様、ご着席ください。お手元にある栞の裏に歌詞が記載してありますので、そちらをご覧ください』

適当な言い訳を考えているうちに、プログラム最後である校歌斉唱のアナウンスが来た。よし、これさえ終われば後は退場、このかったるいイベントも終わりだ。……この後、もう一つかったるい説教イベントがある可能性も否定しきれないが。

ともあれ、もう目を開けてもよいころ合いだろう。そう判断して俺は目を開く。

そして俺は、感じていた視線の正体を知った。
それは俺の傍で整列していて、左隣、舞台壇上側に立っている。しかしそこにいる人も当然、壇上を見上げたり、新入生の姿を確認しているのが普通の行動だろう。だから本来、俺が目を開いても彼女のポニーテールか横顔が真っ先に見えるはずなのだ。

サリ呼ばれる女子生徒は、しかし俺を見ていたようだった。だって目が合ったのだから。



「あ、起きた」

彼女は何でもないような顔のまま、壇上に向き直った。
壇上からは校歌の伴奏であるピアノの音源が聴こえてくる。

今まで感じていたのは彼女の視線だったのか。
俺が寝ていると思って気にしていた、そういう風に解釈してもいいだろうか。

少なくとも先生のお説教よりはましだ。





生徒会長、昼寝でもしながら気楽に務めていきますか。

ぼんやりと考えながら、大きく息を吸い込んだ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ