ヘタリア

□泥となれ
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翡翠の宝石のよう。

それは綺麗な色を表すための数多の例え、その1つに過ぎない。

綺麗な瞳なのに、落とされるそれは頻繁に、フイを突くように輝きを覆い被さる。

幾重にも重なった深い影。

あの人は、とても寂しい人だ。

















「アーサーさん」



ほら、また。



「・・・菊」


こちらを振り返る彼。その瞳の焦点に曇りがかかっているのを、見逃しはしなかった。

私は黙って、自らの唇に指をなぞらせる。

「・・・」

彼は口だけで笑い、困ったように首を傾けて見せた。


わかっている癖に、わからないふりをして。



「キスしてくださいな」



できるだけ優しい声で、目を細めて、餌を眺む親鳥のように。

彼は一瞬身を揺らして、ためらうように口をつぐんだ。



「・・・なぁ。もう、やめないか?」

やっと口を開いた彼の言葉はそれだった。しかしそれを言われるのは初めてではない。

「アーサーさん」

だから、私も初めてではない言葉を繰り返す。


「独りは嫌なのでしょう?」


彼が一番哀しい顔をする時は、私のおねだりの時だ。

私が一番。その感覚に愉快さが背筋を駆けた。



「私がいなくなったら、今度こそ孤独になってしまいますよ」



あくまでも同じ口調、同じ表情のまま、拳1つ分の距離まで詰め寄る。

「ねえ」

ぎこちないからくり人形のような動きで、ようやく唇で触れてくれた。


何度ねだっても彼はためらうことをやめない。
いい加減慣れても良いものを・・・まぁ、そんな弱気だからこそ、付け上がることができるのだが。

そう、結局あなたは私を拒めない。


「わかってくださるなら、良いのです」

この微笑みも、あなたには天使の皮被る悪魔に見えるのでしょう。





あなたは嫌われもの。



あなたは憎まれ役。



あなたは、私と一緒。





嗚呼、でも醜い私とは全然違う。

あなたは綺麗だ。哀しみに伏せる顔も、暗い過去を映す瞳も、誰かに友愛を求める健気さも、その全てが。

とうの昔に麻痺した私とは、やはり違う次元にいる人なのだろう。










「私はあなたしかいらないんです。アーサーさん」

うつむいたままの彼の胸に顔をうずめる。



後悔しているのだろう。
拒絶できずまた私に流されてしまった、その不甲斐なさを。



その体温は決して温かいものではない。
いつも雨に濡れているせいだ。いや、彼そのものが雨なのかもしれない。

冷たい温度が心地良い。いとおしむよう頬擦りをする。彼は僅かに強張った。

「菊・・・」
「できればあなたにも、同じ気持ちでいてほしい」
「菊、俺・・・」
「でも、あなたは私以外も捨てきれないのでしょう?」
「・・・」




そうですね。
例えば幼少よりいさかいの絶えないご近所さん。
彼に迫害を与え続けたご兄弟。
変則から枝分かれた少年。
彼の特徴を身に写した小間使いたち。
彼を忌み嫌う海の宿縁。
無条件に彼を恐れる私の元盟友。

そして、今も精神に焼きつき離れない最愛の弟さんとの確執。


誰1人あなたを受け入れよう等としないのに、それでもいつかと望んでいる。
捨てきれないのは、関係の希望。




彼は結局何も言わない。否定も肯定も。それが答えだ。

それもいい。孤独でも純粋なあなただから、こんなに深く執着できるのだろう。やはり、私と違っているから。



「―――俺は、お前を一番大切に思ってる」
「ありがとうございます」

そんなものでは足りない。
私はあなたしかいらないのだから。



あなたが雨なら、私は土になろう。


あなたが降らす涙はアスファルトになど届かない。

彼が与える恵みも知らず、知ろうともせず。
そんな彼らの元へ降り注ぐ必要などない。
ずっと私へ流していればいいのだ。

降って降って、雲が溶けて跡もなくなる程降りきって、
そうして混ざり合って泥になってしまおう。
あなたも私と同じになってしまえば。


大丈夫、私だけがあなたを受け止められるから。





―――だから早く、堕ちてこい。


End

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