雑多

□オディールは白雪にオデットを夢見るか
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思えば貴女と同室になったのはお天気がおかげだった。
この出会いは神様が与えてくれた恵みの雨。
この想いは決して理に敵うことない禁忌。

でも、私は敢えて断言する。この恋はだからこそより清らかで深く、純粋なものだって。



「んー・・・ふぁあああ・・・寒っ」
「おはよう。あかりちゃん」
「スミレちゃん。今日も起きてくれたんだね」

布団から半身を起こし、身震いをしたルームメイトが、私に笑いかける。
ああ、今日も髪の毛があちこちに跳ねてる。直してあげなきゃと、ヘアブラシを取り出した。

「いつもいつも、本当にありがとうね。本当に寝てなくて平気?」
「うん。あかりちゃんに毎日でもおはようって言いたいもの」

広い世界で、一番最初におはようって言えることが、髪の手入れを手伝えることが、今の私に一番の幸せだもの。
さすがにそこまでは口に出さないけどね。

「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。がんばって!」
「うん!!」

あかりちゃんの笑顔が、軽やかに弾んで、ドアの向こうへ吸い込まれた。
あかりちゃんがいなくなった部屋は、静けさでしんと冷たくなった。

「確かに、寒い・・・」

窓は塗りつぶされたように、真っ暗で何も見えない。とても分厚くて重い黒だ。冬は日が短いから。―――あかりちゃん、大丈夫かな。










二度寝して、闇から銀色の雲が空一面の姿で現れた頃になると、朝ごはんの時間。
いつものひなきちゃんや珠璃ちゃんと一緒に温かいスープとスクランブルエッグのホットサンドを頬張る。最初は寂しかったあかりちゃんのいない朝ごはんも、もう慣れた。それよりも今は、あかりちゃんのお天気予報をみんなで見守ることが楽しい。

『きょっお〜の、おっ空〜はど〜んな空?♪大空お天気の時間です!』

「あかりちゃん、最初の頃の緊張もだいぶ解けてきたね」
「決めポーズもしっかりしてきた!」

ひなきちゃんも珠璃ちゃんも、私と同じことを思っていたみたい。
あかりちゃんのアイドルの光は、少しずつ確実に輝きを高めているって。

『今日のお天気はお昼頃から雨、ところにより雪です。通りで朝から寒かった!気温は―――』

「ひぇ〜雨かぁ。ひな、お昼から『おとめとひなきのまったり坂』の撮影あるんだけど、こりゃ足元注意だぜ」
「私は室内撮影だから平気。スミレちゃんは今日は仕事オフだったっけ?」
「うん。今日はレッスン三昧。ずっと学園にいるよ」

映像の中のあかりちゃんは、笑顔で手を振っている。あかりちゃんの出番はこれでおしまい。学園に帰ってくるのは確か、お昼休みちょっと前。

空のお皿を片付けに行く。ふとアイカツフォンが音を奏でた。あかりちゃんからのメールだ。

『今日、キャスターの皆さんとランチに呼ばれちゃった!打ち合わせがてらTKY近くの本場シェフが作るイタリアンレストランに行ってきます!本場のナポリタン食べるぞ〜☆』

思わず吹き出してしまった。あかりちゃん、ナポリタンはイタリア料理じゃないよ。
あかりちゃんのお仕事は見えない部分でも上手くいっているようだ。とても嬉しい。ランチも一緒にできないのはちょっと残念だけれど。

「あれ?でもお昼って・・・」

TKYやスターライト周辺は雪が降るって言ってたよね。

あかりちゃん、帰り道大丈夫かな?
昨日も遅くまでお天気の勉強してたし。滑ったり、風邪をもらったりして来なければいいけど。

風邪。と、そこで思い出す。
シャンプーのCMに出るか、CDデビューのオーディションに出るか悩んでいた時は、私の方が風邪気味だったんだよね。
そしたらあかりちゃん、わざわざお姉ちゃんの所まで行って、特性ハーブティーを淹れてくれたんだよね。

嬉しかったな。あかりちゃんが私のために教わったハーブティーは、そっくりお姉ちゃんの味なのに。
ずっと美味しくて、温かくて、特別に思えた。



そうだ。あかりちゃんの好きなフレーバーティーを淹れよう。雪の中から帰ってくるあかりちゃんが、ホッと温まるように。

そうだ、ドーナツも揚げよう。あかりちゃんの大好きなドーナツ。四ツ葉さんには敵わないけれど、あかりちゃんのために作りたい。
“お疲れ様”と、あの時の“ありがとう”と、ほんのちょっぴり“好き”を込めて。


もちろん全部あかりちゃんに伝わるなんて思ってはいないし、伝わって欲しいわけでもない。
でも、あかりちゃんは喜んでくれる。そしたら私も嬉しくなるの。絶対に。



あかりちゃんが嬉しいと私も幸せになれる。あかりちゃんもそう。私が嬉しいと自分も嬉しいって言ってくれる。

それがあれば私は幸せなの。



しゅわしゅわと上り詰めるドーナツの泡に耳をそばだてながら、ふと窓を見上げた。

すでに舞いを始めていた白雪が最初より柔らかく膨らんでいる。

それがまるで、白鳥の羽根のようで。



End

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