Evolvulus

□今は恋愛よりも、
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「陸斗!」

1年B組の教室前。D組の私が2クラス先の教室に来たのは、単純にそのクラスの人間に用があったからだ。
私が呼んだ男子生徒は、ど真ん中の最前席で鞄のごそごそと漁り続けている。私の呼びかけには気づいていないようだ。

「陸斗ったら!」

私は奴の側まで歩き、その肩を軽くはたいた。そこでようやく陸斗は私に気付く。

「楓…」
「はい、これ。お弁当」
「あ!」

差し出した途端、表情があからさまに息を吹き返す。
安堵と喜びに輝く様子を見る限り、たった今弁当を忘れたことに気付いて困っていたのだろう。

「今日の弁当はハンバーグよ。それじゃ」

特に話すこともないので、弁当の中身だけ伝えてB組を後にした。

出る途中、何気なく目をやった先に女の子を見つけた。その子も私を見ていたらしく、目が合った瞬間に窓の方を向いてしまった。
綺麗な女の子だ。色白で、目が大きくて。もう少し見ていたくなるような子だった。でもいつまでもこのクラスにいるわけにはいかない。



「神谷さん、今の彼氏?彼氏への手作り弁当?」
「はぁ?」

すると今度は、廊下でクラスメイトの女子と遭遇した。一部始終を見ていたらしい彼女は、挨拶もそこそこに私に質問を繰りだしてきた。
それはもう、あまりに唐突な野次馬発言だったもので、私もつい素っ頓狂な感嘆で返答してしまった。

あいつとカップル!?無理!ありえない!!

つい一瞬陸斗みたいにパニックになりそうなところで、ふと思い出す。そうか、彼女は外部生だから知らないのだ。

「…違うわ。あいつ私の兄、双子のね」

男女で二卵性。性格まで正反対なのも重なって、昔から似てないとはよく言われてきたけど。
ここ数年で、二人でいても初対面で双子だと気づく人はいなくなった。

「へぇ〜双子なんだ〜。てっきり…」
「いやぁ、来世だってお断りよ。あいつと恋愛だなんて!」

ボケてるし、ドジばかり踏むし、トロ臭い。
陸斗と恋ができる女の子なんて、よっぽど母性本能の高い年上の人じゃないかしらね。

「どうせ恋をするのなら、もっと知的で、落ち着きのある人じゃないとね」
「ふ〜ん。うちのクラスで言う土屋くんみたいな?」

自分の教室に戻ると、男子たちが肩を組みあってふざけているところだった。
教室中がお祭り騒ぎになる中、ちょうど話題に触れられた土屋くんは、一歩離れた自分の席で男子たちの悪ふざけを見ている。静かに笑っていた。

「考えてないわ。あいつよりはずっと落ち着きはあるとは思うけど…」
「なーんだ。一緒にクラス委員になったし、脈はあると思ったんだけど」

クラスメイトはそう言って、自分のグループに戻っていった。


クラス委員が被ったのは偶然だ。一クラス男女一人ずつが務める決まりだ。
女子に至っては数人希望者がいたからじゃんけんの勝ち負けで選んだ。私は勝ったからなった。

一緒に委員会してるだけで恋仲を疑われるなんて困ったものだ。まだ4月だというのに。



「…まぁいっか」

私は自分の席に戻って、次の授業の支度にとりかかる。
ペンケースを机から出す際、固い布製のそれとは違う、柔らかな感触が指を掠める。

ビーズクッションでできたウサギのマスコットキーホルダー。その心地良い肌触りと潰れかけた表情の愛くるしさに、思わず笑みがこぼれた。
お気に入りのぬいぐるみだ。何度見てもほれぼれしてしまう。



今は恋愛よりも、こうしてかわいいものを眺めているのが何よりも幸せ。

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