Evolvulus

□私にしてくれたみたいに
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先週はまだ満開だった桜が、もう随分と散ってしまった。
若葉に塗り替えられつつある中、枝の付け根にほんの少し、小さいながらも三分咲きの蕾を見つけた。


まだ咲き続けるんだ、なんて。


わざと呆れた風に思ってみたりしてね。





「梨愛」



背後から声が聞こえた。
聞きなれた声に驚くことはない。
この声は他人ではない、私の大好きな友達の声だ。


「おはよう、草ちゃん」


草ちゃんは1歳年上の幼馴染。
今年度三年目の男子中学生だって言うと大抵の人は二度見してしまうことだろう。


この人を一言でいうと、「お姫様」。

年頃の男の子にしては背が低く、色白で丸顔で大きな目の、まったく性別に見合わないくらいの美人さん。
変声も遅れているようで、合唱パートは女子に紛れて未だにアルトらしい。
おまけに怖がりで人見知りの泣き虫さん。


草ちゃんとは幼稚園の頃からの付き合いかな。
草ちゃん以上に気心の知れた友達はいない。
草ちゃんといる時が私の特別なお気に入りだ。

「桜を見ていたの?」
「そう。あそこの蕾が、なんかいいなって。それでね、写真撮って兄様に送ろうと思ってたところなの」
「いいね。いいんじゃないかな」

草ちゃんが大きな目を細めて笑った。

「お兄さんの話をする時の梨愛が一番嬉しそう」

草ちゃんは本当にいい子だ。こういう気持ちを自分のことみたいに共有してくれる。こんな素敵な子は、男の子にも女の子にも、なかなかいるものじゃない。


「一緒に登校する?待ってて、すぐに撮る」


私は鞄からスマホを取り出して、カメラアプリを開く。カメラ設定も少しいじって、晴れ空の下でも鮮やかに写る用に変更。
スマホを上に掲げて構える。


「あー、ちょっと遠いなぁ」


画面の中のイメージとは違う光景に、思わず不満を零した。
このままでも悪くはないけど、せっかくだしズーム調整してみようかな。



…なんて考えた矢先。



何の前触れもなく、草ちゃんが私に抱きついてきた。

「わ、」

スマホに集中していただけに、不意を突かれた私は驚いて声を出してしまった。

抱きつく、というよりは巻きつくと表現したほうが近い。
背中にぴったり貼りついて、腰とお腹の周りをぐるっとベルトのように腕で固定された。

と思ったら腕に力が込められて、締められたお腹の中が縮こまる。
踵が地面から離れた。踵だけだ。低めのパンプスくらいのほんの数センチ。



「……草ちゃん、持ち上げてくれるのは嬉しいけど、ズーム機能使うからいいんだよ?」
「え?…………そっか!」

少しの間踏ん張ってもらってみたけど、どうにもこれ以上持ち上がりそうにないし、お腹も苦しい。降ろしてもらうことにした。

「あはは、そうだよね。ズーム機能があったもんね。はは、完全に失念してた…ごめん」



草ちゃんの背後、女子生徒二人組が通り過ぎていくのが見えた。話したこともないけど私と同じ学年の子だ。私と目が合ったのに気づいて目をそらし、わざとらしく口元を隠して呟き合っている。
そんなものは無視して、草ちゃんの謝罪に答えた。



「うっかりだねー。ていうか草ちゃん、全然持ち上げられてなかったよね。私そんなに重かった?」
「ち、違うよっ。僕が非力だから…っごめんね」

時間差で自分のお節介に気が付く天然なところも、お姫様みたいだなって思う。私を抱えきれなかった非力さも。でもこれは、あんまり身長に差がないものだから、しょうがないかも。

「大丈夫大丈夫!そんなに謝らせる気はなかったんだけどな」
「…ごめん」
「ほら、また」

数えるのも忘れたやりとり。嫌じゃない。だって空回りしてうじうじするのが草ちゃんだから。
空回りするのは誰かのために行動したかったからだって、私は知っている。
だから草ちゃんは愛おしいのだ。


もう一度カメラを構え、ズームし、ピントが合うのを確認してからシャッターを切る。まあまあ良く撮れた。
すぐに兄様とのテキストチャットに一言二言文字を書き込み、写真を送信してことは終了。

「お待たせ。行こう草ちゃん」

さっきの感じ悪い女の子たちのことは、わざわざ草ちゃんに伝える必要はないだろう。草ちゃんは繊細だ。余計なことを言って闇雲に傷つけるのはよくない。





もうすぐ学校ってところで、スマホの着信音が響いた。兄様からの返事だ。

「相変わらず早いなぁ、兄様は」

そういう私も急いでスマホを取り出すあたり、似たような兄妹なのかもしれない。



「そういえば、お兄さんが進学で海外に出てもう一月近くなるんだね」

ふいに草ちゃんが言った。

優しくて、悲しい時はいつだって相談に乗ってくれた、大好きな兄様。
幼馴染の草ちゃんにとっても、それは同じだ。

「やっぱり、寂しい?」
「…うん。でも平気。ちょっと慣れてきた」

同調を求めるような声色に、私なりに力強く答えた。

「私ね、兄様みたいになりたいの。兄様がいなくても、大事な人をあったかく守れる人になれたらいいなって。だから甘えるのはしばらくお休みしないと」

かよわい草ちゃんを私が支えてあげるんだ。
兄様が私にしてくれたみたいに。



だけど草ちゃんはまだ心配そうな顔をしている。
まだまだ頼りないだろう私は、それでも笑顔でスマホ画面を見せつけた。

「この桜の写真、草ちゃんにも送ってあげるからね」

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