ノベル2

□魔女と猫の因果
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ミシェルは目を開けて、違和感を覚える。一瞬走った頭痛でほぼすべての状況を飲み込んだ。見回した部屋に少しだけ見覚えがある。昔、家族で住んでいた家に似ている、と思った。ただ決定的だったのは昔に住んでいた家はもう既にない、という現実。

「起きたね、ミッシェリア」

男の顔を見るなりミシェルは嫌悪の表情で叫んだ。

「私を帰して。今すぐに!!」

「どこに帰るの? ミッシェリアの家はここなんだよ? 薬でまだ動けないはずだし、それに」

男が手にしているのは小さな金属片。

「これ、おもしろいね。どうなっているの?」

「…!」

男が手にしているのはミシェルが隠し持っていた爪の一部。それも、分解しなければ出てこない部分の部品だった。

「そろそろお客さんが来る時間みたいだから、少し席を外すよ。また来るからね」

金属片をサイドテーブルへ置き、男は部屋を去っていく。ベッドの上で、薬を飲まされて自由に動かない身体を駆使し、ミシェルは金属片を手に取った。

そこで今の自分が置かれている現状を把握する。

隠し持っていたものも含めて装備品はほぼ全て没収されている事。武器として使えそうなものは部屋の中にないという事。窓の景色からこの部屋は2階以上であるという事。飲まされたであろう薬はそこまで強いものではないだろうという事。

ここから脱出するために何かいい案がないか、とミシェルが考え込んでいると、窓の方から物音が聞こえた。なんだろう、と視線を向けた瞬間、破壊音と共に何か大きな黒いものが部屋へ飛び込んでくる。

「あ、たたた…師団長も人使いが荒い…」

転がってきたのはなんと人間。それも見知った顔だとわかった瞬間、ミシェルの目が大きく開いた。

「ギィ!? どうしてここに…」

「どうして、って…気づいてなかったんですか? これ」

これ、とギィが指差すのはリング。メンバーに配られたそれは譜力を込めることにより連絡手段としても使える道具だ。

「一瞬だけ光って、おかしいですねって師団長と相談してここに来てみたんですよ…案の定でしたね」

苦笑いしたギィはミシェルの様子から万能薬を取り出し、飲ませる。

「師団長は貴女の荷物を探しているはずです。戦力がないので今回は静かに逃げますよ」

「…可愛い妹に、こんなにたくさん害虫がついているなんて…」

気配もなく現れた男の、静かな怒りを含んだ声。それを聞いて内心怯えながらもミシェルはすぐにギィより前へ躍り出た。

「何をしたの?」

「さぁ、何だと思う?」

ゆっくりと男の後ろから出てきた赤い髪の男…アッシュが問答無用でギィに斬りかかる。

間一髪で避けた二人はアッシュの名を呼ぶも、返事がない。

「ギィ! アッシュ師団長はアイツが…」

「アイツ、だなんて…昔みたいにお兄ちゃんって呼んでくれないかな、ミッシェリア」

「…どういうことですか? ミシェル」

ミシェルを見るギィの顔が困惑している。それを笑って見ている男は一度アッシュを下がらせて、教えてあげるよ、と言った。

「ミッシェリアはミランベータ家の息女でね。僕はその兄のマッドウィル。こう見えても兄妹…家族なんだよ」

「ミランベータ家…? 失礼ですが、魔女の家系で有名な、あの?」

「…そうだよ。だから私は家を捨てた。こんな家のせいで何度も何度も酷い目にあってきたんだから!!」

裏社会では有名な話の一つ。魔女の家系、ミランベータ。その家に生まれた者は特殊な能力を保持し、とくに女児には強い能力が宿っていたとされる。故にミランベータ家では男よりも女の地位や価値が高い。しかしその能力の為か子孫を多く残すことができず、また特殊な能力は個人差がありどんな能力を保持しているのかは本人さえも知り得ない。さらに貴族でもない、庶民でもない特殊な家であったため、その地位を維持するために身内だろうが暴力だろうが、利用できるものは何でも利用してきた最低な家でもある。

「でも、もうミッシェリアに酷いことをしてきた両親はいない。だから安心してよ」

「ふざけるな!!」

この兄も、自分を利用しようと考えている。そうでなければわざわざ“死んだはずの妹”を探し出して家に連れ戻すなんてことはしない。ミランベータという名の家で世間一般の“常識”は一切通用しない。

「どうして僕がふざけないといけないんだい? ……仕方ないよね、本当はミッシェリアの意思を汲んであげたかったけど…」

残念そうな顔でマッドウィルが口を開く。舌に見たこともない譜陣が現れ、ミシェルがギィに耳を塞ぐよう叫んだ。

『おいで、ミッシェリア』

特殊な響きを含んだ言葉。それは自分の意思とは関係なく脳から身体へ指示を下す。まさか自分へかけるとは思わなかったミシェルの足が一歩前へ進み、全力で拒否しなければもう一歩、と前に出てしまいそうになる。

ミシェルが“怪力”を持つように、兄のマッドウィルは“言霊”の能力を持っていた。それは言葉だけで他人を操れるものだが、能力を使った他人の意志が強い場合、それは充分な効力を発揮しない。これが欠点であり、ミシェルより劣る能力だとされる最大の理由でもある。

『おいで』

重ねられた言葉で自分の意思がさらに通じなくなる。全身全霊で拒否するミシェルの身体は震え、歯を食いしばって足を踏み留まらせていた。

「ここまで嫌われているなんてね…正直傷ついたよ、ミッシェリア。でも、こうしたら戻ってきてくれるよね?」

再びマッドウィルの後ろからアッシュが出てくる。抜き身の剣を構え、ギィへと一直線に向かっていく。耳を塞いでいたギィの反応が遅れ、アッシュが振り上げた剣がそのままギィを斬りつけようとする瞬間。

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