ノベル2

□魔女と猫の因果
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ミシェルの名字とかありました。
とりあえず出演:猫、蜥蜴、女王陛下、他
特に厳しめとかありません。



その日は導師イオンの慰霊祭だった。


本来ならばレプリカではなく、被験者イオンの魂が慰められるのだろう。だが彼の正確な命日を知る者は教団内におらず、彼自身もこの世界を憎み、レプリカを誕生させてまで死を望んではいなかった。

そのため、導師イオンの慰霊祭は民衆に導師イオンという人物が死んだことを知らせ、七番目のレプリカの魂を慰める為に開かれた。

ローレライ教団に所属する者は余程の理由がない限り出席が義務付けられ、礼拝堂には多くの民が押し寄せた。厳かな雰囲気の中で始まった式典が進んでいき、最高責任者の死を悼んで大層な肩書を持つ者が意味のない言葉を述べていく。それは耳触りがよくてありふれた、心も中身もない内容ばかりで聞く価値もない。正直退屈しのぎにすらならなかった。

粛々と進む式典の中、次は生前導師が好きだと言った譜歌を反逆者の身内である女が歌うという。それも、不完全な状態で。民衆の前に出てきた女は歌い始めると目を閉じて声を張り上げる。下手なわけではない。しかし特段上手いわけでもない、歌(それ)は大層な歌だと知らなければ真剣に聞く者すらいなかっただろう。歌い終えた女が下がると名もよく覚えていない上層部の者が式典の終わりを告げ、悲しみに暮れた民衆が徐々に礼拝堂から消えていく。

大勢の人が集まる場所で不測の事態に備え、任務により私服で紛れていたミシェルは人が疎らになってきた辺りで違和感を覚えた。出口より一番遠い、壁やステンドグラスが近い場所で警備をしていたミシェルは違和感を確認するため不自然にならないよう、振り返る。

が。結果は想定を超えて、一瞬でミシェルの脳内の許容範囲を破壊してしまった。

「……!!」

理解よりも何よりも先に身体が動いた。“それ”を見た瞬間に冷や汗が吹き出し、一目散に出口へ向かう。民衆から奇異の目で見られようと、警備という役目すら頭から吹き飛んでしまったミシェルはただただ走る。

嘘だ、いるわけがない、他人の空似かもしれない。考えは見たものを否定しようと模索しながら、身体は肯定しているかのように動いていく。

走れ、ただひたすらに。人にぶつかり迷惑そうな視線や声を聞いても、止まることなんてできなかった。もし目の前に壁があったなら、それを壊してでも逃げろと本能が訴えている。無意識に触れた“何か”が一瞬淡く光ったことにも気づかずに、とにかくこの場からできるだけ遠くへ離れる為にミシェルは走っていた。

ある男の声を聞くまでは。

「どうしたの、ミッシェリア。そんなに慌てて」

「ッ!」

必死に石碑の丘まで逃げたミシェルは絶望で喉が張り付き、声が出せなかった。

礼拝堂で見た男がそこにいる。まるで、偶然、そこにいたかのように。

「散々探したんだよ。君が死んだって知らせがきてさ…。信じられなくて探しまわった甲斐があったよ。見つかって、本当によかった」

親しげな口調で柔らかく笑う男。傍から見ればそれは極めて好印象なものだったが、ミシェルはじりじりと後退りしながら男を睨んでいた。

「さぁ帰ろう。僕らの家に、ね?」

「嫌だ! 誰が帰るもんか!!」

差し出された手の分だけ、ミシェルが離れる。男も手を引こうとはせず、笑顔も変わらない。

「変わらないね、ミッシェリア。昔から僕の言うことを聞いたためしがない。…けど、我が侭ばかりが許されるのは子供の時だけだよ?」

「うるさい!! 私はミシェル。ミッシェリアはとうの昔に死んだんだ!」

“ミッシェリア”。それは親がくれたミシェルの名前。けれど、理由があって捨てた名でもある。

戦争に便乗して死んだことにした。遺体は回収不可能、ということにして、遺品だけ親族に返されるように手続きがされたはずだ。

「僕にミッシェリアの嘘は通じないさ。死んだって知らせが来た時も遺体がないからどこかで生きているんだろうと思ってて正解だった」

男はあらぬ方向に視線をやると、笑顔のまま、再度ミシェルに手を伸ばす。

「…もうわかっているだろう?」

何が、と問わずとも、ミシェルはわかっている。今こうして話している間に大勢に囲まれ、多勢に無勢だということが。

しかしだからといって、はいそうですか、と返事ができることじゃない。

「ミシェル」

一瞬だけ、誰かに呼ばれた気がした。しかしその隙が決定打となり、ミシェルは呆気なく地面に膝をつく。

「…おかえり」

男の顔は変わらず笑顔だった。意識がないミシェルを抱え上げ、それは満足そうに丘から立ち去っていった。

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