ノベル2
□翼と蜥蜴の因果
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ミシェルたちが部屋から出て、しばらくは沈黙が続いた。ギィは頭を抱えて座っているし、ギンジも何を話せば良いのかよくわかっていない。
「…悪かった」
先ほどの説明をしたときに使っていた敬語ではなく砕けた話し方で、先に口を開いたのはギィだった。驚いたギンジは反応が遅れてしまう。
「何が」
「俺は、お前もとっくに死んでいると…そう思い込んで今まで生きてきた。戦後に生き延びていることを確認していたが、それ以上のことは何もしなかった俺は相当恨まれているんだと思っていたんだ」
弟を探すこともなく家族としての責務を放棄して、のうのうと生きていた兄は弟が受け入れるはずがない、と思っていた。
「だが、お前は違った。俺を…兄を見つけても文句を言うどころか、突き放したところでどうして、と言ってきた。…理由を聞いても良いか?」
「おいらは…ずっと兄さんに助けてくれたお礼が言えなかったことを後悔してた。死んだって言われても心のどこかで生きてるんじゃないかって、なんとなくそう思ってた。だから今、兄さんに会えて…一番は驚いたけど、嬉しかったんだ」
「嬉しい?」
「そうだよ。…ある意味“兄さんが生きている”っていうのは世迷言みたいなものだった。それが現実になって……なんでそんな顔するんだよ、兄さん」
ゆっくりと抱えていた頭を上げたギィは“何を言われているのか意味がサッパリわかりません”という表情でギンジを見ていた。
「ここ、普通は感動の再会で涙が流れてもおかしくない場面だと思うんだけど?」
「…」
一瞬後に笑い声が部屋を埋めた。お互いがお互いの笑顔を見て、ここは昔と変わらないな、と思っていた。
「ああ、止めだやめだ! 真面目に話すのはもう充分だ!」
「同感」
今日まで忘れていたが自分たちは兄弟だ。同じ血を分けた、紛れもない唯一無二の、兄弟(かぞく)だった。
◆
「…あれ?」
翌日、約束通り作業場に来たミシェルは昨日見かけなかった何かがあることに気づく。
「どうかしまし…え?」
後から来たノエルも何かに気づいたらしく、目を丸くした。
昨日までガランとしていた作業場はどこから調達したのかわからないテーブルの上に同じく大量の酒瓶があり、二脚ある椅子は片方だけ放置され、片方にはギィが座ったままテーブルの上に頭を伏せて寝息を立てていた。
「だって二人は宿屋にいるはずなのに…? っていうか、ギィが寝てるところなんて初めて見たかも…!」
興味津津、とミシェルがギィに近づくと、ノエルの後ろからおや、と声がした。
「ミシェルさん、おはようございます」
「ぎゃぁ! …あ、ギンジさん、おはようございます! あのですね、これは…」
驚いたミシェルがギィにいたずらしようとした事のいい訳をしようとすると、作業場の状況を聞かれたと勘違いしたギンジが口を開いた。
「ああ、昨日はそりゃあ話が盛り上がっちゃって、このままだと宿から苦情が来るかもしれないって理由でここに来たんです。そしたらまた話が盛り上がって…こんな感じになったんですよ」
こんな感じ、とギンジが示す現場には大量の酒瓶とギィ。状況を察せなくはないが、ギィのこんな姿を見たことがないミシェルには相当難しい芸当だ。
「そうなんですね…」
ミシェルが呆然としているとノエルがくすくすと笑った。
「兄さんのその様子だと、もう譜業の修理も終わっているんでしょう?」
「もちろん。部品も全部揃っていたし、そこまで難しい作業じゃなかったから」
「え…えぇ!? 終わっちゃったんですか!?」
ここにきてから驚いてばかりのミシェルにあっけらかんとギンジが話す。
「昨日の兄さんの話を聞いていたらなんとなくわかったし、兄さんも一緒にやってたから大丈夫」
「え…ギィも?」
「話をしているうちに勢いで直したんだ。兄さんの腕も独学って言ってたけど、おいらから見ても兄さんはいい職人になれると思うくらい良い腕だったし。……あ、兄さん、おはよう」
ギンジがギィの頭が上がっている事に気づいて声をかけるも、ギィはギィで寝ぼけているのか、明確な返事がない。
「……?」
「うわ、すごい、ちょっと誰かアッシュ師団長…!」
初めて見るギィの姿にミシェルが騒いでいると再び頭が下がり、眠るギィ…かと思いきや、30秒も経たないうちに立ちあがり、ミシェルの頭を寝起きとは思えない力で鷲掴みにする。
「おはようございます、ミシェル」
「お、おはよう、ギィ」
「ギンジから、何か聞いていませんか?」
寝ぼけた時とは大違いの爽やかな笑顔で凄まれたミシェルが鷲掴みにされたまま首を左右に振る。
「…そうですか。まぁ、いいでしょう。ミシェル、修理は終わっているので貴女はここの後片付けを手伝いなさい、いいですね?」
「あいあい、さー…」
そうしてミシェルの仕事は当初の予定である譜業の修理補佐ではなく、作業場の後片付けへと変更になった。