BOOK

□things your smile gives  #3
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ゆきは立ち止まって、俺の顔をジッと見たけど、



俺も、おもしろ半分で聞いたんじゃない。




ゆきがハッキリ“話したくない”と言わない限りは譲る気、無い。



見つめ返すと、ゆきはふっと視線を逸らして、



「藤君の目って、いつも前髪に隠れてよく見えないけど、こうやって近くで見ると…」




「…?。見ると、何?」





「………何でもない!」





???。何だ?今の。誤魔化されたのか?


もう一度聞き直そうか迷っていると、ゆっくり歩き始めたゆきが、静かに話し始めた。






「私ね、両親がいないの」






そんな風に始まった“転校の理由”




幼い頃、母親を病気で亡くした事。



淋しいこともあったが、兄と父からたくさんの愛情をもらって、不自由を感じる事なんて無かった事。



中学2年の冬頃、父親に肺癌が見つかった事。


仕事が忙しく、体調が悪くても病院へ行かず、最終的には兄に強制的に連れて行かれ、発覚した事。



進行が早く、その時点で末期。







「初めはね、家族に告知されるの。“癌です”って言われた後、先生の言葉全然聞こえなかったな…」



目は口の動きを追ってるんだけど、先生がパクパクしてるだけで、全然声が聞こえないんだよ。









なんて、冗談みたいに話すのは、こんな状況でも俺に気を使っているから…。





ゆきは母親も病死している。





俺は身近な家族を喪ったことはない。


でも、想像は出来る。








病気によって体調は少しずつ、でも確実に変化するだろう。




昨日とはさほど変わらなくても、1週間前とは確実に違う。




無意識にやっていた歩行や食事、呼吸する事にすら、努力が必要になる。






痩せていき、会話すら通じなくなる。





状況を受け入れる間もなく、医者からはシビアな話を聞かされる。






本人が安楽でいることと、本来の父親であることが対極になっていく。





カーテンで仕切られた狭い空間で、


ひたひたと、確実に近づく“死”を意識しながら、自分の父親と向き合うの
は、“自分の死”と向き合うことと同じだ。








「屋上の、あの男に弱音吐いたりしなかった?」


「……出来なかった…。何て伝えたら良いか分からなかったし、困った顔させたくなかった…。」



どうやら、父親の病気が発覚する少し前からの付き合いだったらしく、



深刻な話が出来るほど、相手を知らなかったし、
今みたいに話せる様な、心の余裕もなかった…


だから、上手くいかなかったんだね…


と、淋しそうに笑った。
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