BOOK
□things your smile gives #4
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夏休みに入ったばかりの頃、都内の楽器屋に行く用事があった。
電車に乗っている短くない時間を本でも読んで過ごそうとメガネをかけると、同じ車両の女の人が、どことなく浮ついた雰囲気になっている事に気が付いた。
スーツのお姉さんはどこかをチラチラ見ているし、女子高生3人組みは友達と一緒ということもあって、かなりあからさまにハシャいでた。
女性達の視線の先にいたのは、
隼人さんだった。
マンション前で初めて会った時は確かオフスプリングのTシャツ。
この日はメタリカ。
…洋楽好きなのか?
まぁ、ファッションとしてもロックTは着るだろうし、分からないか…。
長い足を交差させ、軽く腕を組みドアにもたれている。
ヘッドフォンからは微かに音が漏れているけど、何の曲かまではわからない。
電車の走行音に紛れる程度のその音は、確かに好きな音楽を聴いているだろうに、目を閉じている事もあって、俺には外界と遮断したい行為のように見えた。
まぁ、騒ぐのも無理はないよな…。
どっかのモデルか俳優かと思ってしまうだろう。
容姿やスタイルの良さだけじゃない、
隼人さんには人を寄せ付けないような独特の雰囲気があった。
でも俺は薄くて形のいい口元からは、皮肉と攻撃的な言葉が出てくることや、綺麗に整った顔は興味のないモノには一瞥もくれない事を知ってる。
それでもこんなにも女性の視線を集めるのは何故なのか…
愛情を注ぐ対象になれば、どんだけでも優しくなることを女性ならではのカンのようなもので察知するのか…なんなのか…。
こんな兄貴に溺愛されてるとなれば、普通のヤツは男として見れないだろうな…。
ゆきのニブさや警戒心のなさはそこから来てるのか、と妙に納得していると、
フッと目を開いた隼人さんとバッチリ視線が合う。
まさか視線を外して誤魔化すわけにもいかず、軽く会釈する。
隼人さんは、少しも表情を変えないまま、まっすぐに俺を見据えた。
目的地だったらしい次の駅に着くまで、隼人さんは絶対に俺から視線を外さなかった。
…はぁ〜…
知らずに詰めていた息をゆっくり吐き出して座席にもたれる。
隼人さんが視線を外さなかったのは、ゆきを送ってきたあの時の男だってわかってたから…。
まぁ、『だからこそ』か…。
睨んでるわけじゃない。
ただ、見られてる。
俺がどんな反応をするのか。
それは、俺がどんな人間なのかを探られてる感じがした。
実は電車の中で隼人さんに会うのは、これが初めてじゃない。
夏休みが始まる寸前、ヒロとライブを見に行った。
姉ちゃんから譲ってもらったチケットは海外バンドのもので、しがない高校生にはなかなか手が出せない値段をしている。
それをどうしても外せない用事が出来てしまい、日付も迫っているからタダで譲ると言われ、たまたまバイトの休みがかぶったヒロと喜び勇んで行った。
俺も好きなバンドで、長く活動を休止していたせいで解散も噂されたけど、今年から活動を再開した。
その、第一弾ツアーで日本に来る。
ライブハウスだったこともあり、間近で見た興奮は相当った。
自分がバンドをするようになると、今までとは別の見方が生まれる。
新たに得た『バンドをやっている人間』としての視点は、好きなバンドのメンバーがどんな風に音楽と向き合ってるのか、より深く知れた気がした。
そんなライブの後、サラリーマンがひしめき合う週末の電車内で今と同じ様にドアに寄りかかり、ヘッドフォンから微かに漏れる音で外界を遮断している隼人さんがいた。
あの日は夜23時頃。
今日は真っ昼間。
乗ってる電車の方向も、時間も違う。
…この人仕事何やってんだ?
雰囲気的にも服装も会社勤めとは言い難い。
ゆきに聞いてみようかとも思ったけど、詮索しているようで気が引ける・・・。
それに隼人さんがゆきに知られたくないことだったら・・・それこそ余計な事言いたくない。
そう思っていたけど、
疑問は意外なことで解決する。