BOOK

□things your smile gives  #3
1ページ/8ページ

ゆきはすでに校門で待っていた。


「待たせてわりぃ。具合大丈夫?」


「全然待ってないよ」


首を振りながら答えたゆきが、ふわりと微笑む。


「カバンも、ありがとう」



つられて俺も笑ってる。



「んじゃ、いくべ」


「はい、よろしくお願いします」







ゆきは電車通学。俺は徒歩。


取りあえず駅に向かってゆっくり歩き出す。




人の歩調を意識する事なんて、今までなかった。



…何だか照れくさくてくすぐったいな…。








「…あの、ふじっ…わらくんは…」




「ははっ、“ふじ”と“わら”がなかなか繋がらねぇな」





目が覚めてからゆきは、俺を呼ぶ時こんな調子だ。


まぁ、今日初めて会話した様なもんだから、呼びづらいのかもな…。




「“藤君”でいいよ。みんなそう呼ぶし、俺もゆきって呼ぶから。……そう呼ばれてるだろ?」



後半はどさくさに紛れて押し通した。





言葉にしてなかっただけで、ずっと名前で呼んでいたことは秘密だ。



「そっか、そっか。…だからか…」



何故かゆきは何度も頷き、一人で納得すると、


「じゃあ、そうさせてもらうね」


少し俯きながら笑った。







眩しいほどの真っ赤な空。



その赤に照らされたゆきが嬉しそうに見えたのは、きっと俺の願望のせいだな…。





「で?何か言いかけなかった?」


「うん…。あの…さ、私たち同じ中学だったの。クラスが全然違うんだけど…。知ってたかな…?」



ほんの少し迷ったが、ゆきも確認したいんだろうと思い、


「ああ。知ってたよ。
     会ったよな、屋上で…」




「そっか…。覚えててくれたんだ。
……あの時は、ありがとう」




正直、お礼の言葉が出てくるとは思わなかった。



「ありがとう?」


「うん。あの時、“大変だな”って言ってくれたでしょ?藤君はそんなつもり無かったと思うけど。…でも、私にはありがたかった。
“有り“”難い”ってこういう事を言うんだって思ったよ…」


懐かしむように目を細めながら、ゆっくりと話す。


「あの後、友達にこういう雰囲気の人知らない?って聞いたら、“知らないのあんただけよ”って怒られたよ〜。
あの頃から、藤君達のファンは多かったもんねぇー」




この話しを笑って終わりにしたい空気が伝わって来たけど、
俺はどうしても知りたかった。



「あの男にしつこくされてたから、助けてくれて“ありがとう”?」



まさか続くとは思ってなかったのか、驚いたように目を見張って頭を振る。


「違うよ。誰かに言って欲かった言葉をくれて、“ありがとう”だよ。
あの時、私結構疲れてて、人と人とが分かり合うなんて有り得ないのかもって思ったから…。
初めて会った、名前も知らない人に言われたのに…すごく暖かかった…。」


ほんとうに、ありがとう。


ゆきが感謝してくれていることが、じんわりと伝わってくる…。



自分が言った何気ない言葉が、こんなにも人に感謝される事があるのだと、初めて知った…。



同じ様に、自分が知らない所で、人を死ぬほど傷つけてんじゃねぇかって、怖くなった…。



「そんなに大変だった事と、転校と、何か関係あった?」




突っ込んで聞き過ぎてっかな…。


踏み込んだ質問は、けっこう勇気がいった。
でも、俺はこの機会を逃したら、もうゆきは話してくれない気がする。



“次の機会”なんて、ない。



ゆきがいなくなったあの日、嫌と言うほどわかった。
もう、後悔するのはごめんだった。


俺が、表面的な関係じゃなくゆきにとって必要な人間になりたいなら、知っていなきゃいけない事だと思った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ