蜂蜜色のときめき

□未来は福音
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 『未来』とは『未だ来ず』だと誰かがいった。
 未来に想いをはせても、遠すぎて今が望んだ未来なのだと実感するまもなく現在に変わり、過去になって振り返ってからあれこそが未来だったのだ、と気がつくものだと。
 だから、俺は不安だった。

 俺が不安になるなんて、昔は思ってなかった。出来ないことは出てくるだろうが、出来ないままにするつもりなんてなかったし、負けても立ち上がり奪い返せる、限界なんてないと信じていた。
 慈郎を手に入れるまでは。





 ぶ厚いカーテンの隙間をぬって夜が明け始めた気配を感じる。昔、薄暗い部屋から出て朝日を浴びて一日が始まるのが、怖かった。

「景吾? どうしたの?」

 まだ眠たそうにしながら訊ねてくる慈郎に、なんでもねぇよと答えたけれど不安がにじみ出ていたのだろうか? 寄り添っていた体をさらにぴたりとくっつけてきた。
 慈郎を全部もらった時から慈郎は大胆になった、というより俺が弱くなったのかもしれない。くっついてきたり、さり気なく手を握ってきたり、キスをしてきた。そうされると幸福で満ち溢れたが、離れた瞬間に凍てつく様な想いを抱く。
 でも、それも今日で終わりだ。



「誕生日だけはおれ以外と一緒にいないで、おれがいてもいなくても。
 誕生日だけはおれのものにして? おれの誕生日は景吾にあげるから」
 
 誕生日のベッドで持ち出された終わりの為の約束。
 俺が愛を表す度に、慈郎に溺れて慈郎で満たされ、漠然とした不安と踊り、明日より幸せな今が続いて欲しいと願っていた頃、慈郎は『未来』を考えて、俺と自分の幸福を探していてくれた。
 
 慈郎は俺が死んでも生きていくだろう。悲しんで哀しんで泣いて鳴いて、なき尽くしたら自分で立ち上がって歩いていくだけの強さをもっている。絶望に身を任せたりはしないたおやかさがある。
 でも、俺は、俺の場合は世界が死んでしまうだろう。情けないけど、それだけ愛してしまった幸福と不安。

 約束を交わしても不安が完全に消えたわけではない。いつくるかわからないものに怯えてしまう。願うなら未だ来ない遠いものであってほしいと。
 だけど、そんな俺ごと包み込んでくれる温もりと柔らかさとたおやかさ、全てがひたひたと俺を満たしていき、来たる『未来』に備える力になり、凍てつくことはもうない。思いやりと愛情を持って交わされた約束は確かに自分の胸に宿った。



 まどろみを楽しんでいる恋人に優しくキスを贈ると、そっとベッドから抜け出し、勢い良くカーテンを開け放った。

 明けない夜はない、昇りはじめた朝日には祝福、胸には灯り、腕には温もりそのもの、未来は福音。






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