バッドエンドでもいいですか。(仮)

□第1話 画面から出てきてもいいですか。
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声がする。

母親のものではない若々しい声が静かに頭の中で響いていく。

「起きるの?起きないの?」

また声がした。今度はさっきよりもはっきりと鮮明に、頭上で。

今日は水曜日、時刻はおそらく昼でこんな時間に起こす人なんて家族には誰もいるはずがない。誰だよこんな時間にと心の中で舌打ちをする。

ゆっくりと目を開ける。視界に入ってきたのは青色のカーテン。隙間から光が差し込むこのカーテンは引っ越しして以来のもの。

今度は天井へ視線を向けてみる。身に覚えのない声の主を探そうと目を細めて辺りを見回すと

「あ、起きた...」

不意に感じる生暖かい風。街中で漂ってきそうなシャンプーの香り。視界には銀色の長い髪。目の前に女の子が立っていた。

「っ!?」

心臓がドクンと波を打つ。電流が走ったように身体が硬直する。寝起きの脳はフル回転を始め目が冴えていく。

白の上着に紺のセーラーカラーとスカート、赤色のスカーフを巻いた少女はどこからどう見てもセーラー服を着た女学生だった。

「だ、れ...?」

状況が呑み込めず声が震えてしまう。少女は情けない声に答えるようとはぜず、ただ困ったように苦笑いを見せるだけ。

「顔を洗ってきたほうがいいかも」

「え、いや」

頭が混乱して返事に詰まってしまう。顔を洗いに行っている場合なんかじゃとてもない。目の前には銀髪のセーラー服を着た少女、その少女に突然起こされてしまった俺。全く状況がわからない。

とにかく電気を点けなければと枕元へ手を伸ばしボタンを押す。ピッっと機械音がして部屋が明るく照らされる。

「わっ」

少女が驚いたように後ずさりする。突然点いた明かりに眩しそうに顔を伏せる少女は間違いなく身内ではない。

「えっと、誰?」

問いただすために体を起こしベッドの上で胡坐をかく。目線の位置はちょうど少女の胸の位置。柔らかそうなその胸から目線を逸らすと彼女と目が合ってしまう。

「青海 翠(おうみ みどり)、十七歳」

「おうみ、みどり、じゅうななさい?」

なぞるように復唱してみる。聞き覚えのある名前だった、それもごく最近に。ただどこでその名前を聞いたのか思い出すことができずにいた。

「覚えて、ない?」

不安げな表情で顔を覗き込んでくる彼女の大きな目は綺麗な翡翠色。白くきめ細やかで柔らかそうな肌。むっと閉ざされた口。

「そんなに見つめるなよ...」

思わず目線を外してしまう。見つめられることへの照れくささと同時に思い出せないことを咎められている風に感じて目を合わせていられなかった。

「ほら、あれ」

翠が呆れたように手を伸ばす。目線を移せばその先にはデスクとチェアにパソコン。パソコンは中学卒業祝いに祖父母から買ってもらったもので、現在の俺のゲームライフになくてはならないもので普通のパソコンだ。

「パソコンがどうしたって」

あっ、と気付く。本来スリープモードになっているはずのパソコンが起動していた。画面には起動しっぱなしのゲームと選択肢。それに

「なんだこれ?バグってんのか?」

ゲーム画面にいるはずの少女が消えていた。少女がいた位置には不気味な黒い穴がぽっかりと開いている。

マウスをスライドさせウィンドウを閉じようとした時

「あ、だめっ」

左腕に軽い衝撃を受けて驚いた拍子にマウスを手から放してしまう。原因はもちろん翠という少女。

「まだ消さないで」

左腕はがっしりと翠の腕の中。温かさと同時に柔らかさまで感じてしまう。

「わかったから離れてくれ...」

この柔らかさが一体なんなのか女性経験がない俺でもわかっている。治まりかけた鼓動はまたバクバクと音をたて始めてしまう。

興奮冷めやらぬ自分を落ち着かせるためにチェアに腰掛け咳払いをして居直してみる。

「これ、なんかおかしいんだけど何かしたか?」

これ、とはもちろんゲームのことである。動揺がばれないよう平然を装いつつ訊いてみる。

「ごめん、壊しちゃったかな?」

「いや、壊れてはないんだけど」

マウスは動いたしエラーも出てないのでパソコン自体にどこか不具合が起きている様子もない。ただゲーム画面にぽっかりと開いた穴はいったい何なのか。

「とにかくどっから入って来て、何しに来たんだ?」

「入ってきたって言うより出てきた?んだけど。何しに来たって言われたら...」

うーんとベッドに腰掛けた翠が考え込む。目的は分からないがはぐらかしている様子でもない。うんうんと唸る翠を黙って見つめる。

「私さ、このパソコンから飛び出してきたんだよね。それ以前の記憶がないって言うか思い出せないって言うか」

「は?」

「飛び出してきた」

「どこから?」

「このパソコンから」

「は?」

頭がどうにかしているのかと思った。

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