氷の刃
□act.1
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セイト・フォルシオにとって、『家』というのは決して安息の場所ではなかった。それどころか、寧ろ牢獄と呼ぶに等しい、とすら彼は思う。
セイトの家は、レイフィル王国の首都ペリューの中心部――俗に『貴族街』と呼ばれる地域に位置している。
豪邸と言っても何ら差し支えないその邸宅は、商人として見事な成功を修めたセイトの曾祖父が築き上げた莫大な財産の一部であるらしい。
だがそんなものは、セイトにとっては鋼の足枷でしかなかった。
夜の帳が下りた『貴族街』を歩きながら、セイトは考える。このまま遠くへ逃げてしまったらどうなるのだろう、と。
外観だけを嫌味な程に飾り立てたこの白亜の町並みから逃げ出して、家の名など気にせずに『市民街』の人間のように自由に暮らせたらどうなるのだろうか。
「……どうにもならない、か」
重い足を動かしながら、貴族の息子は独り、低く低く呟いた。
いくら貴族だ富豪だと言ったところで、たかが十七歳の少年になんの力があるというのか。少しばかり綺麗な身なりをしているだけの、仕事の見つけ方すら知らないガキが単身街に飛び込んだところで、きっと道端で飢えて犬のように死ぬだけだ。
だが、やがて見えてきた、一際大きな家、フォルシオ家を視界に入れたセイトは、ゆっくりと足を止める。
これから一生この屋敷で生活して、俺は、何か得るものがあるのだろうか。
そんな考えがふと頭をよぎる。
答は、きっと否だ。
現にセイトの十七年の人生においてここで学んだことは、どこで使うのかわからないような勉学と、同じく用途のないテーブルマナーくらいのもの。こんなつまらないことが他にあるだろうか。