或る画家の回想

□クリスという女性(ひと)・U
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私を伴い、屋敷へと入ったクリス様は即座に駆け寄ってきたメイドに、何かを言いつけると、私を豪奢な、だがけして成金には見えない主の趣味の良さが伺える客間へ連れて行った。だが、廊下を歩いている時、屋敷の外観を見たときと同じような冷え冷えとした空気が漂っているのを私は肌で感じた。
***
客間へ行き、私を柔らかなソファに座らせたクリス様は自らも私に向き合う形で腰掛け、自分はこの屋敷の主の妻であること、その主であるジルクリスト氏は所用で屋敷には居ないことを私に告げた。ジルクリスト、という姓に聞き覚えがある気がしながらも私は宮廷画家であり、故郷を離れて単身ダリルシェイドの地を踏んだことを簡潔に告げた。
クリス様は年齢にそぐわぬ私の宮廷画家という名誉ある地位に驚き、目を丸くしていた。

それから私の持っていたスケッチブックをめくり、故郷のファンダリアの風景などに興味を持ったのか、あれこれと尋ねられた。

私はそれまで他人との付き合いというものをする機会が無いに等しかったので、不器用に、たどたどしい口調で説明をした(そもそも他人と、それも年上の女性とこんなにも長い時間を過ごしたのも私にとってははじめての経験だったのである)。

クリス様は楽しそうに頷き、気分が弾んだのか青白い頬を染めて私の語るファンダリアの話を聞いていたが、その後急に慌ただしくなった屋敷の空気に気づき、さっと顔をこわばらせた。

「奥様っ……ヒューゴ様がお戻りにっ…」

直後、メイドが客間に現れて告げた言葉にクリス様は緊張した面持ちになると口を開きかけたが―――

「…客人か」

いつの間にか『彼』は客間の扉の前に立っていた。
サッと頭を下げたメイドに目もくれずに『彼』は無駄のない動作で私とクリス様に近づいてくる。

「あなた……」

クリス様は庭で見かけた、どこか憂いを含んだ顔つきに戻り、か細い声で『彼』を見る。
『彼』はクリス様を一瞬見やり、すぐに私に視線を戻す。

「……君は?」

私は言外に問われていることに気づき、ソファから立ち上がると慎重に礼をした。

「僕……私はナディーン・フォスタース。本日付けでセインガルド宮廷画家になりました、ナディーンと申します」


―――この時、私が名前を告げた瞬間、『彼』の目に奇妙な光が宿ったのを私は見逃さなかった。
その、非人間的な冷たいまなざしに、私はぞっとした。

「ナディーン・フォスタース…そうか、君が……」

私が密かに怯えていることに気づいているのかは分からなかったが、『彼』は奇妙な目つきのまま、私の頭からつま先までを見回した。私は無礼にならない程度に、さりげなく目を逸らす。

「……私はヒューゴ・ジルクリスト。この屋敷の主だ」

ヒューゴ・ジルクリスト。

フルネームを聞き、ようやく思い出す。世間に疎い私ですら知っている名前だった。

最近経済界で名を馳せつつある、オベロン社の総帥である男の名前だ。

クリス様は彼をあなた、と言った…つまりは。

「妻の話し相手になっていてくれたようだね」

彼―――ヒューゴ様は口の端に笑みを浮かべた。
先程とは違い、むしろ友好的な態度だったが、依然として瞳の冷たさには悪寒を覚えた。

「ええ、庭に居たらナディーンさんが通りかかって…私がお招きしたのです」



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