或る画家の回想
□星の葬送
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「おお…これは、ナディーン殿」
知的なまなざしの好々爺に、私は軽く礼をする。
「クリス様、は…」
「心得ております。どうぞこちらに」
シャイン・レンブラント氏は丁寧にお辞儀をし、開かれた邸の扉を示した。
抱えた包みに目をやり、そっと抱えなおすと、私は先導するレンブラント氏に続いた。
***
レンブラント氏はヒューゴ様の付き人だ。私のもとにヒューゴ様の依頼を持ってきた時に初めて会った。
オベロン社総帥として各地を飛び回るヒューゴ様につき、このジルクリスト邸には殆ど立ち寄っていなかったらしい。
だが、今回のめでたい日を無事に迎え、ジルクリスト邸の執事として屋敷に留まることになったのだと廊下を歩きながら静かな口調で語ってくれた。
―――クリス様が無事、出産を終えたのだ。
エマ先生からの手紙によると元気な赤ん坊らしい。性別は、まだ知らない。
クリス様は産後、体調を崩し、小康状態が続いているらしいが。
出産は1カ月前にあったのだが、クリス様との面会は今日まで許されなかったために、私は今日、久しぶりに彼女に会う。
男の子でも、女の子でもよい。母子ともに在れば、それで…。
「―――ヒューゴ様のご意向で、クリス様とお子様は別々のお部屋にいらっしゃいます」
レンブラント氏の言葉に、ふっと我に帰る。
赤ん坊と対面していない私を気遣い、お子様、という言い方をしてくれたらしい。
だが、…別々、という言い方に私は眉をひそめた。
普通、母親と子供は別々にされるのか?…いや、上流階級の女性は、乳母に子供を任せるという話は聞いたことはあるが……。
あのクリス様が?
確かに、今日の面会もやっと許された、ごく短い時間のものだと知っている。
クリス様の体調が思わしくないのも。
だが……。
「……こちらは、お子様のお部屋になります。」
レンブラント氏が示した部屋はなる程、クリス様の私室とは離れたところにあった。
かちゃり、と音を立て扉が開く。一歩下がり、道を譲ってくれたレンブラント氏に頷き、私は無意識に姿勢を正していた。
手のひらに汗が這っていた。握り込んでいた拳を開くとじっとりとした感触が広がる。
「……さ、ナディーン様」
不自然に立ち止まったままの私に穏やかな口調のレンブラント氏に促され、私はつと頷き、こわごわと足を踏み出した。
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